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No.156
ホジキンリンパ腫の女性患者における乳癌のリスク: 小照射野によるリスク低下

Breast Cancer Risk in Female Survivor of Hodgkin's Lymphoma: Lower Risk After Smaller Radiation Volumes

De Bruin ML, Sparidans J, van’t Verr MB, et al.
Journal of Clinical Oncology, 27(26):4239-4246, 2009

目的

ホジキンリンパ腫治療後の乳癌発生の長期リスクを評価し、特に、放射線治療の照射範囲、性腺機能に毒性のある化学療法の影響に着目した。

対象および方法

1965年~1995年の間に、オランダの5施設でホジキンリンパ腫の治療を受けた51才以下の女性で、5年以上の生存を得られた1122症例を対象にコホート研究を行い、一般人口と比較した乳癌の発生頻度、照射範囲、ホルモン因子によるリスクを多変量Cox回帰分析を用いて検証した。

結果

1122症例の対象症例の経過中に120人で乳癌を認めた(追跡期間中央値は17.8年)。標準発生率を示すSIRは5.6 (95% CI, 4.6-6.8)、年間1万人あたり57人という高い発生頻度であった。
治療30年後の乳癌の全累積発生率は19%(95% CI, 16-23%)、21才以前に治療を受けた患者では26%(95% CI, 19-33%)であった。観察期間が長いほど相対的な発癌の危険率は高くなり、治療30年以上でのSIRは9.5(95% CI, 4.9-16.6)であった。腋窩、縦隔、頚部を含むマントル照射を受けた患者では、同程度の線量(36-44Gy)にて縦隔のみに放射線治療を受けた患者に比べて、発がんの危険率が2.7倍(95% CI, 1.1-6.9)であった。また、31才より以前に放射線治療を受け、20年以上の卵巣機能が保たれている患者では、10年以下の患者に比し、とりわけ乳癌発生の危険性が高かった。

結論

放射線治療の照射領域が狭いほど、放射線治療後の正常な卵巣機能の期間が短いほど乳癌発生の危険性は低下する。

コメント

一般にfavorable stage I - IIA期のホジキンリンパ腫の治療成績は治療予後が非常に良好であるため、治療後に発生する晩期イベント(放射線肺炎、心嚢炎、甲状腺機能低下、帯状疱疹、Lhermitte’s徴候、唾液腺障害、不妊、二次がん 【白血病、固形癌】、心血管障害、成長障害、精神疾患)に対しての臨床的管理に関心が寄せられている。現在この疾患に対しての標準治療は全身の化学療法と放射線治療の併用と考えられるが、晩期イベントの回避目的で、より限局した照射野でより少ない線量を目指す傾向にある。今回の解析対象に行われた治療は約3分の2の66.3%にマントル照射が用いられ、照射線量は40Gy程度が使用されている。

ホジキンリンパ腫の治療経過において放射線治療が誘因する乳腺組織の発がんは、女性ホルモンによる刺激が関与すると考えられている。アルキル化剤を含む化学療法の使用は治療後の誘発癌としての乳がん発生を低減させるとの報告があり、これはアルキル化剤による医原性の閉経に起因するものと考えられている。

筆者らは今回の研究で、早期閉経のみでなく、放射線治療後の卵巣機能温存期間が乳癌の発生に関して重要と結論づけている。今回、アルキル化剤併用群は乳がん発生リスクの数値は低かったが、有意な減少は確認できなかった。しかしながら解析データのうち20%程度では化学療法の併用状況について詳細なデータが確認されていない事には注意が必要である。同様に、ホルモン薬剤の使用と乳癌発症との間にも有意な傾向があったが、明確な関連は示されなかった。しかし今回の調査結果においてはホルモン剤の種類や服用期間などの詳細な情報がない事が結果に影響している可能性がある。

乳がんに関しては7Gy程度までは発癌の増加をもたらさないが7Gyより40Gyの線量により発癌リスクが2-6.8倍に増加するという報告や、肺がん発生に関して 30Gyを越える線量が6.3-8.5倍の誘発がんの増加をもたらすという報告がある。また冠動脈疾患の発生が30Gy程度の放射線と関与するかもしれないという報告もみられる。これらの報告は30Gy未満の放射線治療を用いることで晩期のイベントをおさえる利点を示唆するデータと考えられている。

現在ホジキンリンパ腫のStage I、IIを対象として20Gy程度の従来より少ない線量の放線治療を併用することで、晩期イベントの減少を意図した治療法の検討目的で臨床試験が行われている。

代表的な臨床試験を挙げると、EORTC-GELA H8 trial(H8-U)(1993-1999)では
6 コースの MOPP/ABV +とinvolved field radiotherapy (IFRT)、
4 コースの MOPP/ABV とIFRT、
4 x MOPP/ABV + subtotal nodal irradiation (STNI)
の 3 群の比較試験が行われ、5年 event-free survival rateは84% vs. 88% vs. 87%でほぼ同等の治療効果であった。二次癌の10年累積発生率は3群でそれぞれ4.5、7.1、8.8であり、有意差は認められなかった。この解析結果ではIFRT群とSTNI群において治療成績、晩期有害事象の発生に明らかな違いは確認されていない。

GHSGによるHD10 trial(1998-2002)では2 コースまたは 4 コースのABVD に 20Gyまたは 30Gy のIFRTを各々組み合わせた4 群のランダム化試験が行われた。現在のところ少ない線量群において明らかな有効性の低下は認められていない。EORTC-GELA H9-F trial (1998-2004)では6 コースの EBVP II後のCR症例に対し、36Gy または 20Gy のIFRT追加群と照射省略群の3群の比較試験を行った。照射省略群は再発が多く無効中止されたが、33ヶ月の追跡観察時点では二つの線量群の治療効果の差は報告されていない。

Stanford G5 study (phase II; 2001-)でも8週間の治療期間内にStanford Vの化学療法と放射線治療を行う試験治療を用い、20GyのIFRTの有効性を調査する試験が現在進行中である。これらの試験では観察期間が短いこともあり、現時点においては線量を20Gy程度に下げることに伴う明確な晩期イベントの減少に関しての評価は困難である。

現在検討中の臨床試験の長期結果が明らかになることにより、至適な放射線投与方法に関しての指標が示されることが期待される。


(溝口 信貴/古平 毅)

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