No.166
乳癌患者における内分泌と放射線の同時併用:その理論的根拠は?
Concurrent hormone and radiation therapy in patients with breast cancer: what is the rationale?
Chargari C, Toillon RA, Macdermed D, et al.
Lancet Oncol 10(1): 53-60, 2009.
はじめに
内分泌治療と放射線治療は共に乳癌に有効で広く用いられているが、両者の併用時期による安全性や有効性についての研究は少ない。両者の同時併用についての実験的・臨床的データをレビューした。
エストロゲンと電離放射線の相互作用
エストロゲン(17beta-estradiol: E2)はp53/p21WAF1/CIP1/Rb 経路におけるp53を不活化することによって細胞の放射線感受性を低下させる作用を持つと考えられている。
タモキシフェン(TAM)と放射線の併用
1. 基礎データ
選択的エストロゲン受容体調整薬(SERM)のひとつであるTAMの腫瘍細胞に対する作用機序は不明な点も多いがエストロゲン受容体を介して細胞周期を早期G1期でブロックすることにより細胞動態を変化させている。G1期の細胞が増加しG2/M期の細胞が減少することにより放射線に対する感受性の低下が予想される。インビトロの研究ではTAMの追加により放射線による腫瘍細胞死の減少が示されている。
また、エストロゲン受容体陰性細胞においてもTAMの存在下では放射線感受性が低下することを示した実験もあり、その機序のひとつにTGFβの産生が考察されている。しかし一方インビボの研究では、実験腫瘍において照射とTAMの併用の方が、照射単独よりも腫瘍縮小効果が高まることが複数報告されており、インビトロのデータと乖離している。
2. 臨床データ
TAMと放射線の併用時期についてのランダム化比較試験は現在まで行われていない。この問題を扱った遡及的研究のうち200例以上の比較的大規模なものは3つあり(Pierce LJ. JCO2005, Ahn PH. JCO2005, Harris EE.JCO2005)、いずれもTAMと放射線の順次併用と同時併用で全生存率、無再発生存率など治療効果に差は認めなかった。このうちHarrisの研究のみ種々の有害事象について検討され、有意な差はなかったと報告している。
しかしさらに少数例の検討ではあるが、TAMの同時併用により、肺線維症や皮下線維化などの有害事象の増加の報告が複数ある(Bentzen SM. JNCI1996, Azria D.BJC 2004,等)。
アロマターゼ阻害剤(AI)と放射線の併用
近年使用頻度の高まっているAIでは、放射線との同時併用についてのデータはさらに少ない。インビトロではAIと放射線の併用で殺細胞効果の増強が報告されている。
まとめ
基礎研究におけるインビトロとインビボ研究結果の乖離は、乳癌細胞におけるTAMをはじめとするSERMの作用の複雑さを反映しており、エストロゲンによる発がん作用を含めてさらなる機序解明のための研究が必要である。
実臨床において前向き比較試験がない現在では、遡及的研究で同時併用による利益が示されておらず、長期的な有害事象の増加が示唆されている事を考慮して、著者らは内分泌療法を放射線治療終了後に開始することを推奨している。
コメント
乳癌術後補助療法として化学療法と放射線治療の同時併用は原則禁忌とされているが、内分泌療法や分子標的薬については放射線治療との併用時期についてまだ定まった見解がないと理解している。
当レビューは(2009年とやや古いですが)内分泌療法と放射線の同時併用について基礎的研究から臨床まで広くまとめられている。乳癌細胞に対するエストロゲンやSERMの作用機序がまだ不明な点が多い中で放射線との併用による作用機序はさらに不明な点が多い事がわかった。
さらなる研究に期待するが、現時点での臨床現場においては、同時併用のメリットが明らかでなく、デメリットの可能性が示唆されているという当レビューや、日本においてはBOOPの発症と内分泌同時併用の相関性の報告(Katayama N. IJROBP2009)なども考慮すると、著者らの推奨するように同時には併用しない方針は妥当ではないかと思う。
JASTRO会員の皆様の施設ではどのようにされているのでしょうか?
(兵庫県立がんセンター放射線治療科 辻野 佳世子)