No.179
放射線治療による有害事象に関連する遺伝子多型の前向きの独立検証
Independent validation of genes and polymorphisms reported to be associated with radiation toxicity: a prospective analysis study.
Barnett GC, Coles CE, Elliott RM, et al.
Lancet Oncology 2012; 13: 65-77.
背景と目的
これまでに複数の研究で、放射線治療による有害事象と複数の候補遺伝子の一塩基多型(SNPs)の関連を示す報告がされてきたが、独立したvalidation studyによる検証が行われた報告はなかった。
今回の大規模なdata setでの前向き試験、RAPPER study(Radiogenomics Assessment of Polymorphisms for Predicting the Effects of Radiotherapy)において、これまでの69の論文で報告された遺伝子多型と有害事象に関連性があるかどうか検証(再現性を確認する検証実験)を行った。
対象と方法
1613名の対象患者から血液を採取し、46個の候補遺伝子のうちの92カ所のSNPsを調べた。
対象は下記に示した4つの前向き臨床試験から集められた。
内訳は、
1. 乳癌 Cambridge breast IMRT trial(ISRCTN21474421)から976名
2. 乳癌 Christie hospitalでのprospective studyから34名
3. 前立腺癌 MRC RT01 multicentre trial(ISRCTN47772397)から224名
4. 前立腺癌 Conventional or Hypofractionated high dose Intensity Modulated
Radiotherapy(CHHiP)trial(ISRCTN97182923)からの413名
有害事象は放射線治療後2年経過した時点で評価した。
乳癌で6つ、前立腺癌で9つの評価項目を設定し、そこからStandardised total average toxicity(STAT)を計算して有害事象をスコア化した。99%の統計学的検出力で、タイプ1エラー(実際に差はないのにも関わらず、統計的に有意差ありとしてしまう誤り)を補正するために、、minor allele frequency 0.35、allele odds比2.2と設定した。
結果
多重比較の補正(ボンフェローニ補正)を行って検討した所、これまでに報告されたSNPsと有害事象の関連性は1つも示されなかった。
結論
これまでに報告されたSNPsと有害事象との関連性を再現できなかった。
この結果は、これまでに報告された個々のSNPsが明らかな臨床的影響を与える、という仮説を否定できるものである。
十分な検出能力をもった研究を可能とするために引き続きRadiogenomics Consortiumにおいて症例の集積を継続する必要がある。
コメント
これは、これまでの69の臨床試験およびin vitroでの研究で、放射線に対する反応に関係するSNPsとして報告された多型と今回の研究者らが選び出した多型を含めた98のSNPsについて、その再現性を大規模な複数の臨床試験で確認する検証実験を行った結果、残念ながら一つも明らかな有意差のあるSNPsが同定できなかった、というnegative studyである。
遺伝学や統計学についてあまり詳しくない私にとっては理解が難しい解析方法が多く使用されているので、この研究方法がどれだけ妥当なのか分からない所もありますが、SNPsが放射線治療後の有害事象予測に有用でないという結果が出たのはとてもショッキングな事でした。筆者らがdiscussionで述べている事も含めて、私が個人的に感じた事は、
1. 有害事象の評価が放射線治療後2年であり、これが十分な観察期間と言えるかどうか分からない。
2. Supplementary dataを参照すると、たとえば前立腺癌の患者群では、直腸出血、頻尿、排尿障害などのgrade2以上のtoxicityが見られたのは2-5%程度であり、母数が大きいとはいえgradeの高い有害事象を起こした患者群の総数は少ない。
3. この研究の対象群は英国の乳癌・前立腺癌患者を対象としており、遺伝学的に離れた祖先を持つ日本人の場合には、この結果は当てはまらない可能性がある。
この報告をもって、これまでのSNPsを用いた有害事象の予測研究がすべて否定された訳ではないと思いますが、ではSNPsを調べるだけで予測が難しいとすればこれからはどのような研究が進むのか、今後はGenome Wide Association Study(GWAS)という手法と次世代シーケンサーを用いて、より大規模なRadiogenomics Consortiumという組織でデータを収し解析する方向に進んでいくようです。
これまで知られている遺伝子の機能を手掛かりに研究を進める「候補遺伝子アプローチ」から、統計学や遺伝学、情報学を駆使して研究を進める「ゲノムワイドアプローチ」にシフトしつつある事を示しており、その事については2012年3月のSeminars in Radiation Oncologyに関連した記事が書かれているので読まれるとよいです。
(West CM, Dunning AM, Rosenstein BS. Genome-wide association studies and prediction of normal tissue toxicity. Semin Radiat Oncol. 2012 Apr;22(2):91-9.)
PMID: 22169268
Evidence level -
(札幌医科大・染谷 正則)