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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

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No.187
放射線治療後の乳癌患者における虚血性心疾患のリスクについて

Risk of Ischemic Heart Disease in Women after Radiotherapy for Breast Cancer

Darby SC, Ewertz M, McGale P, et al.
N Engl J Med. 2013, 368(11):987-98.

目的

乳癌の術後治療として胸部に放射線を照射するが、その際に心臓への予期しない被ばくが起こる。しかしそれによる虚血性心疾患のリスクについてははっきりしていない。

対象

1958年から2001年にスウェーデン、デンマークで乳癌で放射線治療を受けた2168人によるpopulation-based case-control studyを行った。

すべて乳癌は無再発で制御され、多重癌の既往が無いものが選ばれ、その内訳は963人の虚血性心疾患(以下coronary eventsと表現)を発症した人と、その対象群として1205人を抜き出した。

対照群は同様に乳癌で胸部に放射線治療を受けた人々の中から背景因子をマッチさせたものを選んだ。

外科治療として、乳房全摘術を受けられたのは両群合わせて1608人で、乳房温存術は523人、adjuvant chemotherapyを受けられたのは222人であったが、そのうちアンスラサイクリン系が含まれたレジメンで治療された患者は17人であった。

方法

心臓全体のmean doseと冠動脈のうちLAD(左前下行枝)の被ばく線量を、標準的な体形の胸部CTを使ったVirtual simulationを行い推定した。被ばく線量はα/β=2GyでEQD2Gyに換算された。

結果

心臓全体のmean doseは4.9Gy(0.03-27.72Gy)で、coronary eventsは1Gy毎に7.4%のリスク増加となった(2.9-14.5%, P<0.001)

心臓全体のmean doseは右乳癌の場合の2.9Gy、左乳癌の場合には6.6Gy、右側に比べて左側で有意にcoronary eventsの発生リスクは上昇した(P=0.002)

coronary eventsの発生にthresholdは存在しなかった。発生時期は10年以内は44%、10-19年は33%、20年以降は23%と、5年以内から30年以降も発生が見られた。増加率はcardiac risk factorを持った人も持たない人も同様であった。

結論

心臓への被ばくは1Gyあたり7.4%のcoronary eventsのリスクを上昇させる。coronary events発生に閾値はなく、リスクは線量に比例して増加した。臨床家は放射線治療を使う決定の際に、腫瘍コントロールだけでなく、心臓への被ばく線量とcardiac risk factorを考慮して欲しい。

コメント

Journal clubに紹介しておきながら批判的なコメントを書くのはどうかと思いますが、影響力の高いJournalに掲載され、多くのメディアにも取り上げられた論文という事なので紹介しました。

この研究は1958年から2001年までの古い年代の症例を対象としていて、残念な事に放射線治療の照射方法についてほとんど記載がありません。それゆえに現在に比べて古い照射技法を用いて治療が行われている可能性が高いです。心への被ばく線量も標準的な体形のCT画像を用いたVirtual simulationを用いて推定している事など、我々放射線腫瘍医にとって満足でない(納得できない?)手法が用いられています。

虚血性心疾患イベントの発生率が低線量から閾値なく上昇し、EQD換算で1Gy増える毎に7.4%増加するというのはおそらく真実に近い結果なのだろうと思います。しかし、現在のCTベースでのプランニングで心の被曝を下げるように計画を立てれば、もっと低いイベント発生リスクになるだろうと予想されます。

この論文では、放射線治療は乳癌の治療において有用と言及しつつも、「放射線治療は怖い治療である」と煽っているようにも受け止められかねません。

むしろ、現在乳癌に対する標準治療は、乳房温存手術に加えて、内分泌療法、トラスツヅマブ、アンスラサイクリン系、タキサン系抗がん剤などの併用が行われているので、それらと最新の放射線治療を組み合わせた場合の虚血性心疾患発生のリスク予測ができるようにならなければ、現在の臨床に役立つデータは得られないのではないかという気がします。

追記

JASTROでは、この論文に関して患者さんに説明を求められた時のための解説(talking point)を出していました。ここに転載はできませんが、興味のある方は調べてください。

PMID: 23484825

Evidence level IIb

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