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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

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No.258
ミオイノシトールトリスピロリン酸による腫瘍の酸素化は放射線応答を増強する

Tumor Oxygenation by Myo-Inositol Trispyrophosphate Enhances Radiation Response Grgic et al., Int. J. Radiat. Oncology Biology Physics, 110, 1222-1233, 2021 DOI:https://doi.org/10.1016/j.ijrobp.2021.02.012

背景

腫瘍の低酸素細胞の存在は放射線治療にとって大きな障害であるが、近年、SBRTや寡分割照射が用いられるようになり、従来の低線量分割照射のように再酸素化を期待するのが難しい。そこで、腫瘍内酸素分圧の上昇を起こす方法や薬剤の開発が望まれている。本研究では放射線治療の効果を高めるために ミオイノシトールトリスピロリン酸(ITPP)の移植腫瘍モデル動物で評価した。ITPPは赤血球ヘモグロビン(Hb)の膜透過性アロステリックレギュレーターとして作用する薬剤であり、Hbの酸素結合親和性を低下させ、これにより、酸素-Hb解離曲線が右にシフトし、固形腫瘍での低酸素組織では血液から組織への酸素放出を起こし易くすることが知られている。

方法

ヒト頭頚部腫瘍株化FaDu細胞、ヒト肺腺癌株化細胞A549ならびにマウス大腸腺癌株化細胞MC38細胞の移植腫瘍マウスを用いた。移植腫瘍の酸素状態は酸素依存性分解ODDドメインを持つルシフェラーゼレポーター(SV40-ODD-luc)を酸素感受性プローブとして用い、ITPP(3 g/kg, i.p.)処理2時間後の発光バイオイメージング法によって評価した。腫瘍の成長抑制効果はX線(5 Gyあるいは10 Gyの1回照射)照射の26時間前と2時間前の2回のITPP前処置した移植腫瘍動物で評価した。また、組織化学的手法を用いて、低酸素領域はピモニダゾールとCAIX、腫瘍血管損傷はCD31+/SMA+、DNA損傷はγH2AXフォーカス、リンパ球の腫瘍内浸潤はCD4+/CD8+を指標に評価した。

結果

ITPP処置は移植腫瘍モデルの腫瘍の低酸素領域を有意に低下させた。ITPP単独では移植腫瘍の増殖速度には影響を与えないが、ITPP前処理+X線照射群はX線単独照射群の移植腫瘍増殖遅延の時間をさらに著しく遅延した。この時のITPP前処理+X線照射群では照射後30分と24時間後の腫瘍低酸素領域のγH2AXのフォーカスはPBS前処理+X線照射群と比較して有意に増加していた。また、X線照射後でのITPP処理では腫瘍増殖遅延効果は起きない。腫瘍の低酸素領域内の微小血管密度は照射4日後に有意な低下を起こしたが、ITPP前処置はこの密度の低下を完全に抑制した。CAIXによる低酸素領域は照射によって増加させたが、ITPP処理によりこの増加も抑制された。これはITPPが腫瘍血管を防護し、放射線照射による低酸素化を防いでいることを示唆している。最後にTPP前処理+X線照射はX線単独照射と比較して腫瘍内のリンパ球浸潤の増加を起こす事も示された。

結論

今回の前臨床研究から、ITPP前処置による腫瘍の酸素化、DNA損傷増大作用と血管保護作用は、放射線治療の効率を高めることができることを示した。これは寡分割照射前のITPPネオアジュバント処置が放射線照射に対する腫瘍反応の改善につながる可能性を示している。

コメント

  • 先行研究においてITPPの血管保護作用は内皮細胞におけるPTEN/PI3K/Aktシグナルを干渉することで腫瘍血管を正常化し安定化させることが原因で、Hbへの作用とは別であると考えられている。
  • ITPPは現在、切除不能な腹部腫瘍に対する化学療法との併用で、第1a/2b相臨床試験の一部として試験されている。
  • ちなみにIPTTは競走馬のドーピング薬として獣医領域では知られている。

(生物部会・学術WG 北海道大学・稲波 修)

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