JASTRO

公益社団法人日本放射線腫瘍学会

JASTRO Japanese Society for Radiation Oncology

ホーム > JASTRO 日本放射線腫瘍学会(医療関係者向け) > 学会誌・刊行物 > Journal Club > 脳腫瘍微小環境において放射線で生じた老化細胞を除去することで神経膠芽腫の再発を抑制することができる

No.256
脳腫瘍微小環境において放射線で生じた老化細胞を除去することで神経膠芽腫の再発を抑制することができる

Elimination of radiation-induced senescence in the brain tumor microenvironment attenuates glioblastoma recurrence Cancer Research 2021 in press, DOI: 10.1158/0008-5472.CAN-21-0752

背景

膠芽腫(GBM)は通常、電離放射線(IR)で治療されるが、多くのケースで再発し、治療抵抗性を獲得する。その原因として治療中の腫瘍周囲の組織へ照射が細胞老化を誘導することで、細胞老化随伴分泌現象(SASP)因子を介して、腫瘍成長を促進すると考えられている。本研究では、非腫瘍性脳組織における放射線誘発老化が腫瘍増殖に及ぼす影響と老化細胞除去(セノリシス)処置の効果について明らかにすることを目的とした。

方法および結果

マウスに対し頭蓋部照射を行うと、脳組織に広範な老化が起こり、特にアストロサイトでその誘導が顕著であった。トランスクリプトーム解析により、照射された脳では老化の主要な実行因子であるCDKN1A(p21)の上方調節、および受容体型チロシンキナーゼ(RTK)MetのリガンドであるHGFを含むいくつかのSASP因子の上方調節を特徴とする転写プロファイルが明らかとなった。神経膠腫細胞の同所移植前に照射されたマウスでは、Met活性化を起点とする腫瘍成長と浸潤性増加が観察された。一方で、p21-/-マウスでは照射による老化誘導を示さず、結果的に腫瘍成長の促進は起こらなかった。老化したアストロサイトはHGFを分泌することで、神経膠腫細胞のMetを活性化し、細胞遊走と浸潤を促進することがin vitro実験系で確認された。この作用はHGF中和抗体またはMet阻害剤Crizotinibによってブロックされ、Crizotinibはin vivoにおいても照射後の脳に移植された神経膠腫細胞の成長を遅らせた。またセノリティック薬ABT-263(navitoclax)をマウスに投与すると、老化したアストロサイトが選択的に除去され、照射後の脳に移植された神経膠腫細胞の増殖を大幅に抑制した。

結論

以上の結果は、照射された腫瘍微小環境のSASP因子がRTK活性化を介してGBMの成長を促進することを示しており、放射線療法後のGBM再発を予防するための老化細胞を除去するアジュバント療法の有用性を示唆している。

コメント

・老化細胞が炎症性サイトカインをはじめとするSASP因子の放出を介して、腫瘍を悪性化させることは広く知られるようになっている。この研究は、放射線照射による腫瘍周辺領域の細胞老化に対し、近年その有効性が注目されている老化細胞標的治療(セノセラピー)コンセプトを適用して、治療効果を実証した点で重要である。

・チロシンキナーゼ阻害剤であるダサチニブとフラボノイド系ポリフェノールのケルセチンの併用でもセノリティック作用を示すことが分かっており、新薬開発に先んじて、臨床応用が期待できる。

・この研究では、正常組織の老化の影響に限定して評価するために腫瘍移植前の照射を行っているが、がん細胞やがん関連線維芽細胞・血管内皮細胞にも老化様変化が起こると考えられ、臨床での病態変化はより複雑であり、さらなる詳細な検討が必要である。

・p53、p21、p16が主要な老化制御因子であり、異なる臓器での放射線誘導老化の程度はそれらの発現レベル、活性化の程度に応じて異なる。本研究で評価したGBM以外の腫瘍性疾患にはまた個別に評価する必要があると考えられる。

(生物部会・学術WG 安井博宣)

top