No.249
放射線によって起こる脂質過酸化はフェロトーシスを誘発し、フェロトーシス誘導剤との相乗効果を示す。
Radiation-Induced Lipid Peroxidation Triggers Ferroptosis and Synergizes with Ferroptosis Inducers Ling F. Ye et al. ACS Chem. Biol. 2020 Feb 21; 15(2), 469-484 DOI: 10.1021/acschembio.9b00939.
背景・目的
放射線療法は現在、腫瘍制御における根治的手法として、あるいは緩和的手法として広く用いられている。しかし、肉腫、神経膠腫、非小細胞肺がんなどの多くの局所進行がんでは、化学療法と組み合わせたとしても、放射線耐性により効果が不十分であることが多い。この耐性メカニズムは主にDNA修復経路の活性化とアポトーシスへの抵抗性によるものとされ、それゆえネクロトーシスやオートファジーなどの代替の放射線誘発細胞死経路を活性化することで、放射線耐性腫瘍を治療するための戦略を提供できる可能性がある。DNA損傷に加えて、放射線は活性酸素種も生成し、脂質酸化などの生体分子の酸化を引き起こすことが知られているが、近年、鉄依存性にリン脂質過酸化を通して誘発されるプログラム細胞死(フェロトーシス)が同定され、さまざまな生物学的および疾患プロセスにおけるその重要性を裏付ける証拠が増えている。リン脂質-多価不飽和脂肪酸(PUFA)の過酸化レベルが、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX4)およびCoQ10再生酵素FSP1といった抗酸化防御システム因子の処理能力限界を超えたとき、フェロトーシスが誘発される。フェロトーシス誘導物質として、グルタチオンの構成要素であるシスチンの細胞内取り込みを阻害するsystem Xc-阻害剤やGPX4阻害剤が報告されており、肉腫、腎細胞癌、ならびにびまん性大細胞型B細胞リンパ腫などのがん細胞株は、フェロトーシスに感受性があることが分かっている。従って、この論文では、放射線の抗腫瘍効果がフェロトーシスを誘発することによって増強される可能性、すなわちフェロトーシス誘導物質は効果的な放射線増感剤である可能性があるという仮説を立て、検証した。
方法および結果
HT-1080線維肉腫細胞に対し、Cs-137ガンマ線照射とsystem Xc-阻害剤イミダゾールケトンエラスチン(IKE)処理もしくはGPX4阻害剤RSL3処理を組み合わせた際の細胞生存率をコロニー形成法で測定したところ、DMSO処理群に比べて、有意な放射線感受性の増加が観察された。ここで認められた細胞増殖死がフェロトーシスに起因するものであるか否かを、フェロトーシス阻害剤であるフェロスタチン-1や、鉄キレート剤デフェロキサミンで共処理したときの効果に基づき調べたところ、放射線単独処理においても、また放射線とフェロトーシス誘導剤との併用処理においても、これら阻害剤が細胞死を抑制したことから、放射線に誘起される細胞死は部分的にフェロトーシスが原因であることが示唆された。阻害実験だけでなく、フェロトーシスのバイオマーカーであることが分かってきているプロスタグランジン-エンドペルオキシドシンターゼ2(PTGS2)のmRNA発現、脂質過酸化レベルの指標となるマロンジアルデヒド(MDA)量、ならびに膜標的脂質過酸化色素であるC-11 BODIPY(581/591)の変化も、それを裏付けるものであった。
放射線による細胞致死の最も主要な原因であるDNA損傷とその下流に位置するカスパーゼ依存性アポトーシスに関して、γH2AXフォーカス形成試験、コメットアッセイ、ならびにカスパーゼ3の活性化断片の検出によって評価した。その結果、放射線照射で生じた1本鎖および2本鎖DNA切断の早期損傷量と一定時間経過後の損傷量に対して、フェロトーシス誘導剤IKEとRSL3は有意な変化を与えないことが分かった。カスパーゼ3の活性化断片の生成についても、これら薬剤は放射線の効果を上乗せすることはなかった。さらに、放射線の核への直接的な損傷がフェロトーシス誘導へどの程度関与するのかを、陽子線マイクロビーム照射で検討した。興味深いことに、核へのマイクロビーム照射(核当たり0-150個の陽子数の範囲)ではIKEおよびRSL3との相乗効果は観察されなかったのに対し、核から7μm離れた細胞質に照射した群では、細胞質スポット当たり0-1500個の陽子数の範囲で顕著な細胞死増強効果が得られた。以上の結果は、フェロトーシス誘導剤が主に細胞質における放射線の効果に対して作用し、フェロトーシス細胞死を増強していることが示唆された。
次にin vivoにおける放射線とフェロトーシス誘導剤の併用治療の効果について、HT-1080異種移植腫瘍モデルを用いて検討した。生体投与が可能なフェロトーシス誘導剤としてIKEを用い、40mg/kgのIKEの2週間連続腹腔内投与と、IKE投与2日目と4日目での6Gyの放射線照射の併用を行った。その結果、対照群や単独処置群に比べ有意な腫瘍縮小効果が観察された。同様の結果は、すでにFDA承認され、system Xc-阻害作用を持つことが知られている分子標的薬ソラフェニブでも得られ、in vivoにおいてもフェロトーシス誘導剤と放射線の組み合わせが効果的な抗腫瘍治療となりうることが示唆された。
臨床におけるフェロトーシスを標的とすることの意義を明らかにするために、Cancer Genome Atlas(TCGA)データセットを用い、神経膠腫と診断されたすべての患者のsystem Xc-のサブユニットであるSLC7A11発現とメチル化および臨床転帰との関連を調べた。その結果、SLC7A11の高発現が全生存期間(OS)および無病生存期間(DFS)の不良と関連し、逆にDNAメチル化はOSとDFSの改善に関連していた。更に興味深いことに、放射線で治療された患者において、高いSLC7A11発現はDFSの低下と関連したことから、神経膠腫の放射線に対する治療抵抗性におけるSLC7A11の関与と、放射線治療中にIKEまたはソラフェニブによるsystem Xc-阻害を標的とすることの潜在的な有効性を示唆している。
結論
フェロトーシスは放射線誘発細胞死に部分的にではあるが関与しており、フェロトーシス誘導剤は、細胞質での脂質過酸化に対する放射線の作用を増強することで、放射線増感剤として働くことを明らかにした。従来のDNA損傷および細胞死経路に耐性を持つ腫瘍に対する新しい治療法の開発に繋がる可能性がある。
コメント
- フェロトーシスは2012年に報告された比較的新しい細胞死であり、本論文のようながん疾患だけでなく、虚血性疾患や炎症性疾患でもその役割が注目されている。二価鉄の蓄積、グルタチオンやGPX4といった抗酸化因子の減少、脂質過酸化物の蓄積を特徴とするが、アポトーシスにおけるクロマチン凝集やホスファチジルセリンの露出といった明瞭な変化を示さないため、検出が難しい。本論文ではリピドミクスによって、フェロトーシスに特徴的なPUFA-リン脂質酸化の副産物であるリゾリン脂質の変化を捉えており、信頼性のあるバイオマーカーとして利用できるかもしれない。
- フェロトーシス誘導剤による放射線増感に関する報告はすでに数報あるが、そのメカニズムはグルタチオンレベルの低下とDNA損傷、さらに下流のアポトーシス経路の活性化であると結論付けており、グルタチオン枯渇と細胞質での脂質過酸化を結びつけて増感メカニズムを説明した研究は本論文が初めてである。臨床サンプルやデータセットを利用して、この併用が放射線耐性腫瘍で有利に作用することを示したことも意義がある。
- 本研究で使用したIKEやソラフェニブ以外にも、system Xc-阻害作用を持つ薬剤は存在するため、これまで増感メカニズムがはっきりしなかった組み合わせにおいても潜在的にフェロトーシス誘導が関与していた可能性がある。この研究で明らかとなったフェロトーシスのリン脂質バイオマーカーを利用することで、今後明らかにされるかもしれない。
(生物部会・学術WG 安井 博宣)