No. 229
海馬に対する線量・容積効果と脳への照射後に起こる記憶障害の前方視的評価
A prospective evaluation of hippocampal radiation dose volume effects and memory deficits following cranial irradiation
Ting Martin Ma, Jimm Grimm, Riley McIntyre, et al.
Radiother Oncol. 2017 125(2): 234-240
DOI: 10.1016/j.radonc.2017.09.035
背景・目的
脳への照射による医原性の有害事象として認知機能の低下が起こることはよく知られている。両側・片側の海馬の放射線障害が学習・記銘力低下のキーポイントとなりうることがこれまでの研究から示唆されている。本研究では脳に対する照射後の海馬の線量・容積効果と記憶障害を前方視的に評価する。
対象・方法
2011年から2016 年に行われた3つの前むき試験から得られた、海馬に照射された60例の効果を検討した。一つは小細胞肺癌に対して海馬を避けて予防照射を行った群(HA-PCI群 21例)の検討、他の二つは膠芽腫に対して(海馬の)神経前駆細胞を保護して照射した群(NPC-GBM群 30例)と保護せずに脳室下帯の領域にも照射した群(SVZ-GBM群 9例)の検討である。記憶障害の状態は照射後6カ月にHVLT-R DRを用いて判定した。線量と効果のデータはDVHを作成して非線形モデルに適合させた。
結果
60例が登録され30例については照射前後のHVLT-R DRの状態、脳転移/再発、以前の海馬切除の有無等に基づいて評価した。HVLT-R DRの悪化に関して海馬の線量-効果関係を分析した。海馬の照射線量は3群間で大きく異なった(平均D50% HA-PCI群3.9Gy、NPC-GBM群23.6Gy、SVZ-GBM群54.5Gy)。HA-PCI群の2年粗生存率は75%である。平均HVLT-Rの低下はHA-PCI群-0.06、NPC-GBM群0.18、SVZ-GBM群1.67であった。両側海馬に対するD50% 22.1Gyと記銘力低下の20%リスクとの間には関連があった。また左側の海馬の方が右側よりも放射線感受性が高かった(EQD2でTD20 左側14Gy、右側19.3Gy、TD50 左側47.3Gy、右側57.2Gy)。
結論
今回の前むき研究では海馬の線量-容積効果とHVLT-R DRを用いて測定した記憶障害に関係があることを明らかにした。これらのデータは海馬を保護することの利点があることを支持する。
コメント
本研究で注目すべきは照射後、比較的早期に見られる認知機能の低下について検討した点である。海馬内の神経前駆細胞は放射線感受性が高くて2Gyで神経分化細胞が減少する。そのために少ない線量で早期に照射の影響を受けることが予想される。脳転移に対する全脳照射やGBMに対する拡大脳照射を行う症例では、通常は白質の変性に起因する認知機能の低下に関心が向けられている。実際にこれは典型的な晩期障害であり、時間の経過とともにある程度は避けがたい事象である。GBMで海馬の照射を避けることの有用性が期待できる症例はそう多くはないであろう。しかし、転移性脳腫瘍で全脳照射により6カ月以上の予後が期待できる症例や、特に肺小細胞癌の予防的全脳照射については、短期的な記憶障害の可能性を小さくする目的からも検討の余地があると思われる。
PMID: 29128167
Evidence Level 2a
(島根大学 猪俣 泰典)