No.244
直線閾値なし(LNT)線量-反応モデル:歴史上の成立過程および科学的基盤の総合的評価
The linear no-threshold (LNT) dose response model: A comprehensive assessment of its historical and scientific foundations Edward J. Calabrese Chemico-Biological Interactions 2019; 301: 6-25
論文の概要
本論文はLNTモデル(仮説)が歴史的に成立に至った過程とその科学的根拠について、非常に詳しく書かれている。1927年のハーマン・マラーによるショウジョウバエのX線による遺伝子変異についての論文に始まり、LNTモデルに関する様々な研究者のデータと見解、マラーによるLNTモデルの提唱、原子力の発展を嫌がるロックフェラー財団(J. D. ロックフェラーはスタンダード石油の創始者で米国の石油王と言われている)の莫大な資金援助、1956年の米国科学アカデミーBEAR(Biological Effects of Atomic Radiation) I遺伝学パネルによるLNTモデルの採用、1972年の米国科学アカデミーBEIR(Biological Effects of Ionizing Radiation)I遺伝学委員会による、新しいRusselらのデータに基づいたLNTモデルの再承認、1995年のRusselらのデータの誤りの発覚、そしてその後の状況など、LNTモデルに関する疑義や成立に関する歪んだ事実が綿々と述べられている。
この論文では182もの参考文献が提示され、LNTに関係する事項が経時的に詳しくテーブルにもまとめられている。1920年代からの文献だけでなく、1940~50年代の会議の議事録や個人的な書簡に至るまで、その内容に言及されていることは驚きである。
この論文の中では以下のことが明らかにされている。マラーのショウジョウバエの実験には低線量域のデータは全くなく、高線量域のデータを外挿して全体として直線になると結論付けたものである。LNTモデルはLNT single hitモデルとも呼ばれ、single hitの数と遺伝的影響が正比例するとされた。当時はDNA修復がまだ発見されていなかったが、この概念は現在の常識とかけ離れている。マラーの実験はDNA修復機構が欠如したショウジョウバエの成熟精子を用いているが、ほ乳類はDNA修復機構を有しているので、そもそもマラーのデータを人間に当てはめること自体が無謀である。マラーが強引にLNTを主張したことについては科学的な妥当性は全くない。
興味深いことにマラーがLNTを主張した以前には、放射線の影響には閾値があるとされていたし、またその後も閾値の存在を示すデータが出てきたが、マラーが強引にねじ伏せたようである。その背景には、原子力の台頭を敵対視するロックフェラー財団の膨大な資金提供も大きな要因としてあるようだ。BEARI遺伝学パネルの委員もロックフェラー財団の資金援助を受けていたそうである。1972年のBEIRI委員会では、Russelらのマウスにおけるデータ ~雌には閾値があるが、雄は閾値なし~を検討した上で、雄には閾値がないのであるからLNTを継承するという判断になったとのことである。しかし、1995年にこのデータのコントロールが低すぎたという重大な誤りが明らかにされた。その結果、雄でも閾値なし、雌ではホルミシスモデルが当てはまるということになった。しかし、現在のところLNTを破棄するという動きにはなっていない。
結論
LNTモデルは全く科学的根拠に基づいていない。歴史的文書を辿れば、LNTモデルの成立には自説を曲げないマラーの強引な性格、ノーベル賞の威厳、原子力の台頭に反対する一派による委員の買収といった、あるまじき事態が見えてくる。LNTモデルのお陰で人類はさまざまな点で莫大な計り知れない損失を被っている。
コメント
- LNTに関するカラブリーズ教授の数ある著作物のなかでも、最新の出色のものと言えるであろう。そのような古い数多くの文書をよく調べ上げられたものだと感心する。
- LNT成立の歴史的背景がよく分り、LNT仮説がこのように歪んだ生い立ちを持っていうことに愕然とする。LNTだと線量率に関係なく総線量のみが確率的影響に寄与することになるが、線量率効果があることは現在では広く知られている。またLNTモデルはsingle hit説を唱えるが、single hitによるDNA損傷の固定は否定されている。このようにLNTモデルはほとんどすべての現在の常識に合わないが、何故これが改められないのか大いに疑問を感じる。
- 現代では科学における最高の栄誉であるノーベル賞であるが、ハーマン・マラーが受賞したのは、私が知る限りノーベル賞の歴史における最大の汚点ではないだろうか。
- LNTモデルは今や破棄されるべきものであるが、それにはカラブリーズ教授のような有力者達が今後さらに協力していくことが必要であろう。また良識ある研究者による低線量放射線についてのさらなる研究が望まれる。
- 当論文の内容の一部は、就実大学須藤静世教授の著書「福島へのメッセージ 低線量放射線がもたらす長寿と制癌」(幻冬舎メディアコンサルティング)にも書かれている。カラブリーズ教授の長文の英文の力作もぜひ一読いただきたいが、須藤先生の著書には他の様々なことも書かれているのでお勧めしたい。
(生物部会・学術WG 芝本 雄太)