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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

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No. 242
放射線によるがん関連線維芽細胞は傍分泌によるIGF1Rの活性化を通してがん進行を促進する。

Radiotherapy-Activated Cancer-Associated Fibroblasts Promote Tumor Progression through Paracrine IGF1R Activation

Tommelei J. et al. Cancer Res. 2018 Feb 78 (3),
659-670 DOI:10.1158/0008-5472.CAN-17-0524

背景・目的

直腸がん組織には豊富な線維形成性の間質を有する事が知られており、術前放射線療法も直腸がんではしばしば行われている。しかし、その間質に多く存在するがん関連線維芽細胞(CAF)の放射線応答とがん細胞への寄与についてはほとんど知られていない。そこで、放射線照射したCAFの傍分泌シグナルに対する大腸がん細胞の増殖能を評価し、トランスクリプトーム解析、メタボローム解析、キノーム解析(リン酸化酵素の網羅的解析)を行った。

方法

CAFはヒト大腸がん組織から単離・培養した。大腸がん株化細胞としてはCOLO320DM細胞、 HT29細胞ならびにHCT8細胞を用いた。CAF細胞に対してX線照射(RT)を1日1.8 Gyで10回(積算線量18 Gy)行い、72時間後にコンディションドメディウム(CM)を採取した(以下CM-CAFIR)。このCMを用いて1.8 Gyの1回照射した大腸がん株化細胞を培養し、がん細胞増殖能、トランスクリプトーム解析、NMRを用いたメタボローム解析ならびにリセプターチロシンキナーゼアレイによるキノーム解析を行った。

結果

1.8 Gy照射したCOLO320DM細胞に対してCM-CAFIRで更に42h培養すると、その増殖能は1.5倍に上昇し、AktならびにBadのリン酸化が誘導された。一方、非照射CAFからのCM(CM-CAFCTR)、1.8 Gyの1回照射ならびに1.8 Gyの5回照射(積算線量9 Gy)のCAFから得たCMではこの様な応答は見られなかった。また、トランスクリプトーム解析では代謝関連遺伝子の増加が顕著で、グルタミノリシス関連酵素、アミノ酸トランスポーターSLC7A11、ならびに脂肪酸合成に関与するACSS2の高発現が観察された。メタボローム解析は、CM-CAFIRで培養した大腸がん細胞のグルコース消費と乳酸の産生ならびにグルタミンの消費が亢進していることが明らかとなった。キノーム解析ではCM-CAFIR培養した大腸がん細胞でインシュリンリセプター(InsR)とそのホモログであるIGF1Rのリン酸化が促進することが示され、組み換えIGF1やIGF1R/InsRに対する種々の中和抗体を用いた実験によって、IGF1は大腸がん細胞のIGF1R/InsRシグナルが活性化し、細胞内のAkt/mTOR/p70S6の増殖シグナルの活性化を誘導するとともに、乳酸産生とグルコース消費、グルタミノリシスの増加にも寄与することが示された。さらにHT29細胞やHCT8細胞を移植した担がんマウスモデルでIR処置後の多発性肝転移に対してIGF1R/InsR中和抗体R1507が強い抑制効果を持つこと、88例の直腸がん患者からのネオアジュバント化学放射線療法後の組織(33例)とネオアジュバント処理していない組織(55例)では有意にmTORリン酸化レベルの上昇が見られ、特に6例の同一患者からネオアジュバント化学放射線療法の前後の免疫組織化学法での比較において、術後にmTORリン酸化レベルの有意な上昇が観察された。また、大腸がん患者においてがん組織のmTORリン酸化レベルは間質のCAF細胞数と正の相関が見いだされた。

結論

X線照射されたCAFは傍分泌性因子を分泌し、近傍の大腸がん細胞の代謝活性と増殖能を増加させうることが示された。傍分泌因子は大腸がん細胞ではIGF1R/InsRが活性化し、Akt/mTOR/p70S6細胞内シグナルが関与する。直腸がんの患者の免疫組織化学の結果は術前化学放射線療法が間質を通じて、間接的にIGF1RシグナルであるmTOR生存シグナルを促進している可能性が示唆された。

コメント

  • 欧米でよく行われている直腸がん摘出術前のネオアジュバント化学放射線療法でCAFの機能を明らかにした研究で、既に大腸がんのネオアジュバント化学放射線療法後のバイオプシー試料ではmTORリン酸化レベルの上昇と炎症浸潤を伴う線維型間質反応がみられ、無再発生存率の低下と関連づけられている(Shia et al., Am. J. Surg Pathol 2004;28:215)。
  • 多くのがんにおいてCAFの存在は確認されており、ネオアジュバント化学放射線療法にかぎらず、一般的な化学療法と放射線療法の併用治療でも本論文で指摘されているCAFとがん細胞との傍分泌を介した相互作用が起きている可能性は無視できない。
  • 既に大腸がんでmTOR阻害剤ラパマイシンと寡分割照射(5 x 5 Gy)の第1/2相試験が開始されていて、FDG取り込みで評価したがん組織の代謝活性は阻害剤によって投与初期に減弱が見られているものの、病理学的完全奏功率(pCR)の明確な増加は観察されていない(Buijsen et al., Radiother. Oncol., 2015;116:214)。
  • 本研究でもIGF1R/InsR中和抗体R1507はHT29移植担癌マウスでは多発性転移は抑制できたが、腫瘍サイズやKi67陽性細胞には効果が見られなかった。これは薬剤のがん組織への浸透性やIGF1以外の傍分泌物質の増殖への関与等の可能性があるが、今後のよりブロードレンジのIGF1R阻害作用を持つ創薬の開発を期待したい。

    (生物部会・学術WG 稲波 修)

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