No.254
炭素イオン線を用いた超高線量率(FLASH)放射線治療:腫瘍環境における早期の一過性高酸素状態の生成
Ultra-High Dose-Rate, Pulsed (FLASH) Radiotherapy with Carbon Ions: Generation of Early, Transient, Highly Oxygenated Conditions in the Tumor Environment.
Zakaria AM, et al.
Radiation. Research. 2020 194(6):587-593.
doi: 10.1667/RADE-19-00015.1.
背景
分子状酸素(O2)は、高LET放射線による水の放射線分解生成物の一つであることはよく知られています。これは、O2 の収量が無視できる低LET放射線とは異なった特徴です。O2 は強力な放射線増感剤であるため、この事実は、炭素イオン線などの高エネルギー重粒子線によるがん治療の有効性に関連しています。非常に高い線量率 (数十Gy/秒) で腫瘍に照射される大量の放射線は、従来の低い線量率で照射される放射線療法と比較して、抗腫瘍活性を維持しながら正常な組織を温存するという顕著な利点があることが最近発見されました。この新しい方法は「FLASH放射線治療」と呼ばれ、低LET放射線である電子線または光子線を使用してさまざまな前臨床研究や患者でテストされています。FLASH の根底にある正確なメカニズムはまだ不明な点が多く、高線量率で照射された放射線は、細胞内の酸素欠乏を介して正常組織を防護(低酸素による抵抗性の獲得)することが示唆されています。さらに、重粒子線照射は、良好な物理深度線量分布を持ち、ブラッグピーク領域での放射線生物学的効果の増加により、正常組織への障害を低減しながら効果的な腫瘍制御を実現できます。しかし、これまでのところ、超高線量率で照射される高エネルギーの重粒子線を用いた生物学的研究は行われておらず、重粒子線がFLASH 放射線治療に適しているかどうかは不明です。
目的
本研究は、FLASH線量率を炭素イオン線治療に導入することで相加的または相乗的な利点があるか否かを議論しました。
結果
水の複数のイオン化の発生により、高LETの重粒子線飛跡周辺に酸素化された微小環境を生成する能力があり、腫瘍領域では炭素イオン線の飛程末端であるブラッグピーク付近の非常に高いLETを持つ粒子線が集まっているため、腫瘍内に酸素化された微小環境が生成します。対照的に、炭素イオン線のブラッグピーク形成領域の遙か手前のプラトー領域 (つまり、正常組織の被ばく領域) では、LETが大幅に低くなるためO2の生成はほとんど見られません。モンテカルロトラック化学シミュレーションで水の多重イオン化の有無でO2の収量であるG値が約2桁も異なることがわかり、密に電離・励起が生じる高LETでのO2生成は化学的に説明されました。水の多重イオン化を計算に入れたモンテカルロトラック化学シミュレーションでは、高LET炭素イオン線(330 keV/μm)飛跡に沿って生成されるO2濃度は最大で正常ヒト細胞の酸素濃度(30 μM)よりも約3桁高い値が求められ、比較対象とされた低LET陽子線では30 μMよりも約2桁低い値が求められた。
結論
これらのシミュレーション結果は、炭素イオン線を用いたFLASH放射線治療において、腫瘍内で拡散したブラッグピークから生成したO2により腫瘍内低酸素細胞への毒性が強く、一方、正常組織では生成されたO2の影響をほとんど受けず、むしろ酸素欠乏による放射線障害の低減が予想され、治療効果比が著しく改善されることが示唆された。
コメント
重粒子線を使ったFLASH治療の利点を腫瘍と正常組織が受けるLETの違いから考察されている。しかし、腫瘍領域において高LET放射線によって生成される酸素と高線量率で欠乏される酸素が拮抗した結果、どちらが優位になるかはシミュレーションされていません。今後、シミュレーションによる科学的な予測と生物実験による実証が必要と考えられる。
(生物部会・学術WG 量子科学技術研究開発機構・平山 亮一)