No.250
新規DNA-PK阻害剤AZD7648は放射線、ドキソルビシン、オラパリブの治療効果を 増強する
AZD7648 is a potent and selective DNA-PK inhibitor that enhances radiation, chemotherapy and olaparib activity.
Fok J.H.L. et al. Nature Communications 2019 10: 5065
DOI:10.1038/s41467-019-12836-9
背景・目的
DNA二本鎖切断(DSB)は最も有害なDNA損傷であり、放射線、トポイソメラーゼII阻害剤などによるがん治療効果の鍵を握る。DSBは主に非相同末端結合、相同組換えによって修復される。DNA依存性プロテインキナーゼ(DNA-PK)は前者において必須の役割を担う。これらのことから、DNA-PKは有望な放射線増感の標的と考えられ、これまで多くの阻害剤が開発されてきた。これらの多くは基礎研究においてDNA-PKの機能を明らかにするためのプローブとして極めて有用であるが、 臨床に用いるためには特異性が十分でない。ようやく最近になって2種類の阻害剤(VX-984, M3814)について、放射線およびトポイソメラーゼ阻害剤ドキソルビシンとの併用の臨床試験が始まった。この研究は、これまでもDNA-PK、ATM、 PARPなどの阻害剤を多数開発してきたAstraZeneka社が行ったものである。これまで知られているものより強力で特異的なDNA-PK阻害剤AZD7648を発見し、放射線、ドキソルビシン、オラパリブとの併用効果を検討した。
方法と結果
1)AZD7648の発見と特性
AstraZeneka社の化合物コレクションの中から、DNA-PKに対して強力な阻害活性と選択性を示す化合物をスクリーニングした。この化合物に改変を加えて、 DNA-PK阻害活性、物理化学的特性、薬物動態学的特性を最適化した化合物AZD7648を得た。AZD7648の試験管内でのDNA-PKに対するIC50は0.6 nMであり、 PI3Kα、PI3Kβに対するIC50は100倍以上、PI3Kγに対するIC50は63倍高く、これ以外の393種類のキナーゼについては1 μM以上であった。また、細胞に添加した場合、DNA-PKcsのSer2056の自己リン酸化に対するIC50は91 nMであった。これまでDNA-PKの特異的阻害剤として開発されたKU-0060648, NU7441, M3814はいずれもDNA-PK以外のキナーゼに対して10倍以内のIC50を示した。これらのことからAZD7648はこれまで報告されたものより特異性が高いとしている。
2)AZD7648の放射線増感効果
放射線増感効果の検討は肺非小細胞癌A549細胞およびH1299細胞を用いて行った。AZD7648未添加では2 Gy照射6時間以内にDSBのマーカーであるγ-H2AX、pATM(Ser1981)、53BP1のフォーカスはほぼ照射前の状態に回復したが、AZD7648を照射1時間前に添加した場合には6時間から72時間後までフォーカスの残存が見られた。また、細胞数の減少、微小核の増加などが認められた。コロニー形成法で37%生存率を与える線量の低減係数を求めたところ、A549細胞、H1299細胞に対して0.025 μMで1.2、1.3、0.1 μMで1.7、2.5、1 μMで5.1、7.4であった。
さらに、A549細胞とH1299細胞をヌードマウスに移植し、腫瘍成長抑制効果を検討した。放射線照射は2 Gyで5回、AZD7648投与は50-100 mg/kgで5-21日行った。いずれにおいても、放射線照射とAZD7648投与により、相乗的な腫瘍成長抑制効果が認められた。合わせて、DNA-PKcsのSer2056の自己リン酸化、γ-H2AXの免疫染色を行い、これらの出現の抑制や遅延が認められることを示した。
3)AZD7648のドキソルビシン増感効果
ドキソルビシン増感効果の検討は子宮癌OAW42細胞を用いて行った。100 nMのドキソルビシン投与の30分から4時間後においては、AZD7648によりDNA-PKcsのSer2056の自己リン酸化、RPA32のSer4およびSer8のリン酸化、γ-H2AXがいずれも抑制され、細胞内でDNA-PK活性が阻害されていることが示された。一方、投与16時間後にはγ-H2AXおよびPARP1切断の増加が見られ、DNA修復阻害とアポトーシス促進が起こっていることが明らかになった。さらに、OAW42以外の3種類の子宮癌細胞と7種類の乳癌細胞を検討したところ、全てにおいてAZD7648とドキソルビシンの相乗効果が認められた。
さらに、乳癌細胞BT474、HBCx-17をヌードマウスに移植した系で、腫瘍成長抑制効果を検討した。ドキソルビシン(liposomal doxorubicin)投与は2.5 mg/kgの量で、週1回、4-10週間行った。AZD7648投与は37.5 mg/kgの量で、1日2回、 28-70日間行った。いずれにおいても、ドキソルビシンとAZD7648併用による相乗的な腫瘍増殖抑制効果を確認した。
4)AZD7648のオラパリブ増感効果
PARP阻害剤オラパリブはBRCA1あるいはBRCA2欠損の乳癌、子宮癌の治療に有効である。オラパリブはATM欠損細胞にも有効であることが報告されている。一方、DNA-PKとATMの療法を欠損する細胞は合成致死を示す。これらのことを総合して、本論文では、ATM欠損細胞に対するオラパリブとAZD7648の併用効果を検討した。用いた細胞は統計部腫瘍FaDu細胞とCRISPR/Cas9を用いて作製したATMノックアウト細胞である。ATMノックアウト細胞では、オラパリブ、AZD7648それぞれの単剤で増殖遅延が認められたが、併用により相乗的な効果が認められた。一方、野生型FaDu細胞ではオラパリブ、AZD7648単剤でも併用でも増殖遅延が認められなかった。
また、FaDu由来ATMノックアウト細胞をscidマウスに移植した系で、オラパリブ(100 mg/kgで1日1回)、AZD7648(37.5 mg/kgで1日2回)併用による相乗的な腫瘍成長抑制効果が見られた。また、AZ7648の投与を一旦中止し、再開した場合も効果が認められた。さらに、変異ATMを有する肺非小細胞癌CTG-0828細胞の他、正常ATMを有する乳癌HBCx-17細胞、子宮癌CTG-703細胞およびOV2022細胞、頭頸部腫瘍CTG-0149細胞を移植した系でも、オラパリブとAZD7648の相乗効果が認められた。
結論
AZD7648は強力かつ特異的なDNA-PK阻害剤であり、培養細胞系および移植腫瘍系で放射線、ドキソルビシン、オラパリブと相乗的な細胞致死効果、腫瘍成長抑制効果を著す。
コメント
- 大手製薬会社による開発研究で、薬剤の探索から効果の解析まで強力な体制がうかがえる報告である。
- ATM欠損細胞に対してオラパリブを投与した場合の細胞致死効果に対し、DNA- PK阻害剤NU7441、KU0060646は抑制的に作用することが以前に報告されている。著者らも指摘しているが、AZD7648は逆にこれを促進した。この違いの原因はおそらく特異性の違いだけではないだろう。関連分子の機能にも依存する可能性があるのではないか。
- BRCA1あるいはBRCA2遺伝子に変異を有する患者の癌では、正常細胞と癌細胞の差別化が可能である。すなわち、患者の正常細胞では正常のアレルが一つ存在するが、正常なアレルに変異あるいは欠失が起こって癌化するため、癌細胞では正常なアレルが存在しない場合が多い。このことにより、オラパリブが癌細胞に強い殺細胞作用を示す一方、正常細胞に対する作用は小さい。ATM遺伝子の一つのアレルに変異を持つ患者の癌でこのような差別化が可能か。
- 上記の2点が明確になれば、ATMを欠損する腫瘍に対するオラパリブとAZD7648 の併用による治療の可能性が開けるであろう。本研究は癌治療応用に有望な新しい合成致死系を示した点で興味深い。
- AZD7648に加え、VX-984と M3814についても臨床研究が進められており、進展が注目される。
(生物部会・学術WG 松本 義久)