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No.151
放射線腫瘍医のための分子生物学:放射線生物学の5Rと分子生物学的癌特性(Hallmarks of Cancer)との出会い

Molecular Biology for the Radiation Oncologist: the 5Rs of Radiobiology meet the Hallmarks of Cancer

Harrington K, Jankowska P, Hingorani M.
Clinical Oncology 19:561-571, 2007

はじめに

放射線治療による正味の効果を説明するために、腫瘍細胞と正常細胞との分割照射中の修復の違い、細胞周期の中の放射線感受性の異なる周期への再分布、分割照射中の腫瘍細胞の再増殖、治療中の腫瘍細胞の再酸素化、が関与するとされ(4R)、その後、精上皮腫、リンパ腫、神経膠腫、黒色腫のように通常とは異なった反応性を示す疾患の反応性を説明するために内的放射線感受性が加えられた(5R)。
癌の進展、増殖、蔓延、治療への反応において、増殖因子の自給自足、アポトーシスからの逸脱、血管新生の維持、抗増殖シグナルからの逸脱、テロメラーゼの再活性化による不死化、組織浸潤と転移、が分子生物学的な癌の特性として挙げられている。

1.増殖因子の自給自足

正常では増殖因子受容体の活性化は非常に厳密に制御されているが、癌ではしばしばこの制御から逸脱し、細胞分裂の維持が促進される。照射細胞における増殖シグナルの上流への制御は、Repopulation, DNA repair, Intrinsic radiosensitivityにおいてアポトーシス機構を通じて重要な役割を果たしており、さらに増殖シグナルは血管新生の促進にも関与し、したがってReoxygenationにも影響する。

2.アポトーシスからの逸脱

正常細胞では生存と死のシグナルの間で非常に厳密なバランスが保たれており、DNAの品質保持とDNA損傷を原因とする突然変異のリスクを回避させている。癌細胞では、外的アポトーシス経路からのシグナルの無視、アポトーシス抑制のために前アポトーシス因子と抗アポトーシス因子とのバランスの再設定によるシグナルを無視している。したがって、この機構は、Radiosensitivityだけでなく、化学療法に対する感受性にも関与し、DNA損傷に対する適切なアポトーシスへの引き金がない事はDNA repairのための時間を延長する事にもなっている。

3.血管新生の維持

正常組織では、新生血管の成長は、前血管新生シグナルと抗血管新生シグナルとのバランスによって厳密に制御されている。癌は、VEGFのような前血管新生タンパクを産生したり、thrombospondin-1のような抗血管新生タンパクの産生を制御することによって、細胞を"血管新生表現型"に維持させている。前血管新生経路を遮断したり、または抗血管新生経路の促進作用をもつ薬剤もあるが、腫瘍と正常組織の違いに基づいて腫瘍内に形成された腫瘍血管自体を破壊する薬剤もある。したがって、4Rのうちでは、Radiosensitivityにまず関与する。血管新生を標的とする薬剤は腫瘍内酸素化レベルを低下させるので放射線効果から見ると不利と考えられるかもしれないが、実際には血管網の正常化作用によって、放射線効果は増強される。

4.抗増殖シグナルからの逸脱

Transforming growth factor betaが媒介する抗増殖シグナルは、細胞を休止期に移行したり、最終的分化を引き起こし、細胞周期に戻ることがないようにしており、細胞周期時計の制御にも関連する。この経路からの逸脱は、cell cycle Redistribution, Repopulation, Radiosensitivityに関与し、特に、癌細胞の分裂異常に基づく抗増殖シグナル異常は、治療中の腫瘍細胞のaccelerated proliferationを促進する。

5.テロメラーゼの再活性化による不死化

多くの幹細胞や癌細胞には、テロメラーゼという細胞分裂ごとに短くなるテロメアを触媒する酵素を持っていたり、また別のalternative lengthening of the teromeresという機構を持ち、無制限の複製能力を持つ。テロメラーゼの再活性化による不死化は、4(5)Rとは直接的には関連が認められないものの、癌細胞に、Repair, Redistribution, Repopulation, Radiosensitivityなどの特性を与えるための素地となっている。ただ、テロメラーゼ阻害とテロメアの決定的短縮化との間の時間的ズレの問題が残されている。

6.組織浸潤と転移

これらは、腫瘍細胞の剥離、方向性を持った酵素による細胞外基質への浸潤、血管またはリンパ管への穿通と腫瘍塞栓形成、最終目的部位までの循環系における生存、血管内皮への癒着と血管からの滲出、血管新生を伴う増殖開始および浸潤という非常に複雑な生物学的過程を指している。局所療法である放射線治療にとっては、これらの過程は直接的には関連しないが、最近の報告では、浸潤と蔓延に関連するCXCR4やCCR7の様なケモカインシグナルが、癌細胞の生存シグナル伝達においても重要な働きをしているという知見もある。

放射線照射や化学放射線照射に併用される分子標的薬剤の臨床試験デザイン

Phase Iでは、耐用用量ではなく、生物学的最適投与量の確定を目的とするべき。ただし、放射線治療や化学放射線治療は、Full-doseとするべき。従って、Phase IIでは、標準治療に組み合わせる新規薬剤の有効性の初期印象を得るためのランダム化も可能となる。よって、Phase IIIでは、統計学的有意差を出すために必要となる症例数を押える事が可能となり、結果的に無駄になる大規模ランダム化試験を避け得る。

放射線生物学的4(5)Rと癌の特性との統合に基づく分子標的治療の施行タイミング

増殖因子の自給自足と4(5)Rとの関連性から考えると、化学放射線療法の施行中に分子標的薬剤を使用するべきであり、事実、頭頸部癌に対して放射線治療とEGFR阻害薬との同時併用に有効性が認められている。
Repopulation, Redistribution, Radiosensitivityに関連する、抗増殖シグナルに対する感受性の回復は、化学放射線治療との同時併用を支持する。

同様にアポトーシスからの逸脱とDNA repair, Radiosensitivityとの関連は、放射線照射時の前アポトーシス因子の活性化のための薬剤同時併用によるアポトーシス平衡の再設定を強く推奨する。

抗血管新生薬剤に腫瘍血管の正常化作用がある事は、腫瘍内の酸素化状況と薬剤分布を改善する可能性があるので、neoadjuvant投与が、その後の化学放射線治療の抗腫瘍効果を向上させることにも繋がる。転移病巣の成長程度が血管新生の活性化に依存しているという事は、抗血管新生薬剤のadjuvant投与が微小転移に対しての良い候補になり得ることを示す。

テロメラーゼの再活性化に対する標的治療は癌治療の全期間において治療効果を表す可能性がある。化学放射線治療との同時併用を強制するものではなく、neoadjuvant投与やadjuvant投与での有効性も示唆する。

浸潤、転移を標的とする薬剤の明瞭な役割を規定することは難しいが、neoadjuvant投与で、局所病巣の広がりを抑え、adjuvant投与で腫瘍細胞の生存に対してある役割を果たせ得ると思える。

最後に

分子生物学的な癌の特性(Hallmarks of Cancer)から見た放射線生物学の5Rの解釈は、癌治療における多くの可能性を感じさせる。癌の新しい生物学に堪能になることは、臨床試験の発展的遂行において指導的役割を果たすためにも、きわめて重要なことである。


(増永 慎一郎)

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