No.246
超高線量率(35 Gy/秒)の放射線は、リンパ球減少症や消化器系症候群の心臓と脾臓モデルにおける正常組織に影響を与えない。
Ultra high dose rate (35 Gy/sec) radiation does not spare the normal tissue in cardiac and splenic models of lymphopenia and gastrointestinal syndrome
Venkatesulu BP et al. Sci Rep. 2019 Nov 20; 9(1), 17180 DOI: 10.1038/s41598-019-53562-y.
背景・目的
放射線治療において、FLASH(超高線量率放射線照射)と呼ばれる新しいパラダイムが報告されている。FLASHは非常に高い線量率の放射線(35-100 Gy /s)を用いることで、腫瘍に対する治療効果を維持しながら、正常組織を保護する傾向があることを示している。つまり、腫瘍への線量の大幅な増加や正常組織照射による急性および晩期障害の大幅な減少が可能となる。具体的には、マウス乳癌および肺癌モデルにおいて腫瘍増殖の遅延にはFLASHと従来の線量率(≦ 0.03 Gy/s)での効果の違いは認められず、FLASHは急性および晩期の放射線誘発肺傷害(それぞれ肺炎および線維症)を抑え、放射線線維症のバイオマーカーであるトランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β)の発現増加を抑制した。また、マウス肺において、FLASHは急性の毛細血管内皮アポトーシスを抑制したことも報告されている。この注目すべき現象のメカニズムはほとんど不明確なままだが、FLASHの特性は通常の正常組織損傷と癌制御の多くの実験動物モデルで再現されている。
この論文は、超高線量率による照射時間の短縮がもたらす放射線誘発性リンパ球減少症の軽減(保護)について調べた。
方法
マウス膵臓がん細胞KPCとPanc02を超高線量率(35 Gy/s)と通常線量率(0.1 Gy/s)の線量率で照射し、コロニー形成法により生存率を求め、線量率の違いによる殺細胞効果を調べた。
C57BL/6オスとBALB/cメスマウスを用いて、Flow cytometryにてリンパ球表面マーカーであるCD3(成熟Tリンパ球), CD4(免疫補助Tリンパ球), CD8(免疫抑制Tリンパ球),およびCD19(Bリンパ球)の陽性細胞を測定した。また、健常人の末梢血単核細胞(PBMC)に2 Gy(超高線量率または通常線量率)照射し、アポトーシスとネクローシスをFlow cytometryによって24時間後および72時間後に測定し、線量率の違いによる放射線誘発消化管毒性の重症度を評価した。
結果
KPCおよびPanc02細胞の10%生存率におけるDEF(dose enhancement factor)10(35 Gy/s vs. 0.1 Gy/s)は、それぞれ1.310および1.365であった。超高線量率が通常線量率よりも細胞の増殖死を増加させることを意味し、今までの報告とは異なる結果となった。
PBMCに2 Gy照射を行い、照射後24時間と72時間に細胞死の様式(アポトーシスとネクローシスの割合)について調べた。どちらの観察時間でも線量率の違いによる細胞死様式の大きな変化はなかった。また、線量率の違いによらず、細胞死は主に後期アポトーシスによるものであった。
BALB/cマウスの心臓に5 mmのマージンで5日間連続2 Gy照射(累積線量10 Gy)を行い、照射後3、10、17および24日にリンパ球を測定した。照射後のCD3、CD4、CD8およびCD19細胞は両線量率照射によって減少する傾向を示したが、超高線量率によるリンパ球の枯渇に関しては、通常線量率よりも減少割合が大きかった。照射後24日目では、超高線量率照射によるCD3、CD4、CD8およびCD19細胞数の回復は、通常線量率照射の約半分であった。10 Gy単一照射3日後においても、超高線量率照射は通常線量率照射に比べ、CD3、CD4、CD8およびCD19細胞をさらに減少させた。超高線量率によって、心臓照射に関連して生じるリンパ球減少症の抑制を観察することはできなかった。
C57BL/6マウスの脾臓に5 mmのマージンで5日間連続1 Gy照射(累積線量5 Gy)を行い、照射3日後にリンパ球を測定した。心臓照射同様、CD3、CD4、CD8およびCD19細胞は両線量率照射によって減少する傾向を示したが、超高線量率によるリンパ球の枯渇は、通常線量率よりも減少割合が大きかった。5 Gy単一照射3日後においても、超高線量率照射は通常線量率照射に比べ、CD3、CD4、CD8およびCD19細胞を有意に減少させた。脾臓照射においても単一または分割照射においても超高線量率照射によるリンパ球減少の抑制は観察されなかった。むしろ超高線量率照射はリンパ球減少に効果的であった。
BALB/cマウスの腹部局所への16 Gy照射により消化管死を調べた。超高線量率照射では全てのマウスは7日以内に死亡したが、通常線量率照射では15日までマウスは生存した(7日vs 15日、p = 0.0001)。
結論
これらの結果は、放射線誘発急性および慢性毒性の他のモデルで発表されたデータとは対照的に、35 Gy/ sの超高線量率照射では、心臓および脾臓の放射線誘発リンパ球減少を抑えることはできず、マウス消化管死においても障害の抑制を示さなかった。
コメント
- コロニー形成におけるFLASH効果として、本研究では殺細胞致死効果が増強する結果であったが、陽子線では線量率依存性は無いと報告されている(Radiother Oncol. 2019 139:51-55.)。
- 本研究では超高線量率照射によりリンパ球の減少を抑えることはできなかったが、正常組織障害を抑制する報告としては、肺線維症の発生率抑制(Sci Transl Med. 2014 6(245):245ra93.)、脳機能(空間記憶)障害の軽減(Radiother Oncol. 2017 124(3):365-369.)、記憶障害の抑制(Radiother Oncol. 2018 129(3):582-588.)などがある。
- FLASH効果には線量率や線量と言った物理的条件に加え、標的組織や生物学的エンドポイントと言った生物学的条件に依存する可能性がある。例えば、リンパ球や消化管上皮細胞は細胞のターンオーバーが速い細胞なので、ニューロンの損傷や肺線維症のような晩期障害で見られるFLASH効果は急性障害では観察が難しいのかもしれない。
- 酸素濃度もFLASH効果に密接な関係があることが報告されている(Br J Radiol. 2020 93(1106):20190702.)。細胞生存率において、10 MeV電子線18 Gy照射(600 Gy/s)では酸素濃度1.6~4.4%条件ではFLASH効果による生存率の向上が認められ、さらに高い酸素濃度ではFLASH効果は起こっていない(Phys Med Biol. 2019 64(18):185005.)。レドックス反応を含めた、化学反応プロセスについても解明が進むことを期待している。
- 重粒子線のFLASH効果についての報告は現段階では見当たらない。個人的には重粒子線のような高LET放射線ではFLASH効果は観察されないと考える。その理由は、1)重粒子線では酸素効果が小さいためである。上述にあるように、FLASH効果は酸素濃度が低すぎても高すぎても観察されないため、重粒子線でFLASH効果を見るためには、非常に狭い酸素濃度範囲での低酸素環境が必要なのかもしれない。2)X線FLASH効果のメカニズムと考えられる、ラジカル同士の再結合により、ラジカルが消滅しDNAの損傷が軽減されるという仮説は、以下の理由により重粒子線では難しいように思える。例えば、LET 50 keV/μmの炭素線がOHラジカルの拡散距離を考慮した100 nm2内に2発飛び込んでくることを想定すると、約2 x 10^5 Gyの大線量が必要となる。OHラジカルの寿命を数十ナノ~数十マイクロ秒と仮定すると、10^10 ~10^13 Gy/sの超高線量率でないと2つの粒子線から互いに誘導されたOHラジカルの相互作用は見られない計算になる。つまり粒子線が同時且つ同所に飛んでくることは極めてまれであり、2つの粒子線から発生するラジカル同士の再結合に基づくFLASH効果は期待できない。また、粒子線の飛跡付近は光子放射線に比べ非常に高い電離密度(~10^6 keV/μm3)を有するため、1つの粒子線から誘発された複数のOHラジカルも飛跡付近で互いに競合し、消滅するので(高LETではOHラジカルのG値は減少する)、重粒子線の線量率をいくら上げてもFLASH効果は観察できないと考える。一方、重粒子線治療を考えるとFLASH効果は期待するところが大きい。重粒子線治療では腫瘍組織が高LET、腫瘍手前の正常組織では低LET照射領域となる。低LET領域でFLASH効果が見られれば、腫瘍組織と正常組織での治療効果比がさらに大きくなるからである。
- 上述で述べた「ラジカル同士の再結合により、ラジカルが消滅しDNAの損傷が軽減されるという仮説」が正しいのであれば、正常組織で照射効果が抑制され、腫瘍では照射効果に変化がないのはどのように説明されるのであろうか。この説明として、正常組織と腫瘍組織ではヒドロペルオキシド(ROOH)に対する捕捉能の違いが提唱されている(Radiother Oncol. 2019 139:23-27.)。通常の線量率では、両組織でのヒドロペルオキシドに対する除去、減衰効果に違いは見られないが、FLASHで生成された大量のヒドロペルオキシドに対しては、正常組織は腫瘍組織よりも早い時間で消去し、その結果、障害が低減されるとされ、組織の違いによるレドックス反応の違いがFLASH効果のメカニズムとして提唱されている。ただし、この仮説に対する実験的証明はまだ行われていない。
(生物部会・学術WG 平山 亮一)