(2025年03月更新)
No.284
PD-L1 siRNA搭載ホウ素ナノ粒子による標的がん放射線療法と免疫療法
S. Deng, L. Hu, G. Chen, J. Ye, Z. Xiao, T. Guan, S. Guo, W. Xia, D. Cheng, X. Wan,* K. Cheng,* and C. Ou*, Adv. Mater., 2419418 (2025)
https://doi.org/10.1002/adma.202419418
この研究のポイント
- ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)と免疫療法(PD-L1 siRNA)を組み合わせた新しい治療戦略の提案。
- ホウ素10(10B)含有ポリマーとPD-L1 siRNAを自己組織化したナノプラットフォーム(10B/siPD-L1)の開発。
- 腫瘍選択的な10B蓄積とT細胞の保護による腫瘍細胞選択的な殺傷効果。
- 腫瘍免疫の活性化による遠隔転移の抑制(アブスコパル効果)を実証。
本論文の概要
- cRGD-PEG-PME-PBOBの機能的3セグメントの役割
- ① cRGD-PEGセグメント:腫瘍細胞選択的ターゲティング
- * cRGD(環状アルギニルグリシルアスパラギン酸)は、腫瘍細胞や腫瘍血管内皮細胞に高発現し、T細胞や正常細胞では発現レベルが低いインテグリンαvβ3受容体に特異的に結合するペプチドで、腫瘍細胞選択的なナノ粒子の取り込みを促進される。
- ② PMEセグメント:ナノ粒子の安定化と細胞内送達
- * PME(ポリエーテル変性セグメント)にはチオール基(-SH)が含まれ、これが酸化されることでジスルフィド結合(S-S)を形成し、ナノ粒子が安定化する。
- * 一方、腫瘍細胞の細胞質には還元環境(グルタチオン(GSH)など)が存在するため、ナノ粒子が細胞内で解離し、PD-L1 siRNAと10Bポリマーを効率的に放出する。
- ③ PBOBセグメント:10Bの腫瘍内保持
- * PBOB(ベンゾボラゾール含有ポリマー)は、腫瘍細胞内の糖鎖と特異的に結合することでナノ粒子内の10Bを腫瘍細胞内に長時間保持し、BNCTの効率を向上させる。
- ① cRGD-PEGセグメント:腫瘍細胞選択的ターゲティング
- 腫瘍細胞選択的な取り込みと保持
- ① 10B/siPD-L1ナノ粒子は腫瘍細胞に特異的に取り込まれ、周囲のT細胞や正常細胞への影響を最小限に抑えた。
- ② マウスのトリプルネガティブ乳がん由来4T1腫瘍細胞では、10Bの蓄積量が正常細胞と比較して3.7~4.9倍高かった。
- ③ PD-L1 siRNAは腫瘍細胞内に選択的にデリバリーされ、BNCTによるPD-L1の発現増加を抑制した。
- BNCTのDNA損傷増強と腫瘍細胞の選択的死滅
- ① BNCT単独では腫瘍細胞内のPD-L1が上昇し、DNA修復関連遺伝子(BRCA1、MRE11、RAD50)が活性化されていたが、10B/siPD-L1ナノ粒子の併用により、PD-L1の発現が抑制され、DNA損傷が増強された。
- ② γH2AX(DNA損傷マーカー)の発現が有意に増加し、腫瘍細胞のアポトーシスが促進された。
- ③ BNCTによる腫瘍細胞の殺傷は、T細胞をほぼ損傷せずに実現された。
- 免疫応答の活性化とアブスコパル効果
- ① BNCT単独ではPD-L1の発現増加による免疫抑制が観察されたが、PD-L1 siRNAの併用によりCD8+ T細胞の活性が向上した。
- ② カルレティキュリン(calreticulin)の発現上昇、ATPおよびHMGB1の放出増加が確認され、免疫原性細胞死(immunogenic cell death)が促進された。
- ③ 樹状細胞の成熟が顕著に増加し、腫瘍内のCD8+ T細胞浸潤が強化された。
- ④ 遠隔腫瘍(アブスコパル効果)への影響:
- * 2つの腫瘍を持つマウスモデルにおいて、BNCT単独では遠隔腫瘍の抑制が限定的だったが、10B/siPD-L1ナノ粒子の併用により遠隔腫瘍の増殖が96%抑制された。
- * 肺転移モデルにおいても、BNCT単独では転移抑制効果が不十分だったが、10B/siPD-L1ナノ粒子の併用により肺転移の進行が著しく抑制され、生存率が向上した。
- 治療の安全性と臨床応用の可能性
- ① BNCTにより腫瘍選択的な殺傷が可能であり、正常組織への影響が少なかった。
- ② 治療後の血液検査・組織学的解析において、著しい毒性は確認されなかった。
- ③ このナノプラットフォームは、BNCTの臨床応用を加速する新たなボロン薬剤としての可能性を持つ。
本研究では、BNCTと免疫療法を組み合わせた新たなナノプラットフォーム(10B/siPD-L1ナノ粒子)を開発し、腫瘍特異的な治療効果を実証した。このナノ粒子は、BNCTのDNA損傷を高めるだけでなく、PD-L1 siRNAによって免疫抑制を抑え、抗腫瘍免疫を活性化する。特に、腫瘍選択的なダメージと、免疫応答の増強による遠隔転移の抑制(アブスコパル効果)の実現が、本治療法の大きな成果である。今後、 BNCTの臨床応用を加速させるための新規10B薬剤としての可能性について、さらなる研究が期待される。
松本 孔貴・筑波大学(生物部会・学術WG)