No.273
麻酔時の酸素補給は、従来の陽子線治療におけるFLASH効果と抗腫瘍免疫をブロックする可能性がある
Iturri L, Bertho A, Lamirault C, Brisebard E, Juchaux M, Gilbert C, Espenon J, Sébrié C, Jourdain L, de Marzi L, Pouzoulet F, Muret J, Verrelle P, Prezado Y.
Oxygen supplementation in anesthesia can block FLASH effect and anti-tumor immunity in conventional proton therapy.
Commun Med (Lond). 2023 Dec 15;3(1):183.
doi: 10.1038/s43856-023-00411-9.
【この研究のポイント】
FLASH放射線療法(FLASH-RT)は、標準の陽子線治療(conventional proton therapy: CPT)と同等の腫瘍制御を保ちつつ、正常組織への放射線誘発毒性を軽減することができ、小児脳腫瘍の治療で問題となる認知能力、学術的機能の低下を軽減できる有用なツールであると考えられるが、臨床応用にあたり、現状のCPT麻酔(鎮静)プロトコルはFLASH-RTによる有害事象を増悪させる可能性が本研究により示された。小児脳腫瘍患者のQOL維持のためにも、麻酔(鎮静)プロトコルの最適化が求められる。
【背景】
CPTは小児脳腫瘍の治療で用いられるが、副作用として認知能力、学術的機能等の低下が報告されている。超高線量率(>40 Gy/s)で放射線を照射するFLASH-RTが、神経膠腫担持マウスに対し従来の放射線治療と同等の腫瘍制御を保ちつつ、正常組織有害事象を軽減することが報告され、臨床応用に向け研究が進められている。小児放射線治療の多くは、安全対策として高濃度の酸素を吸入しながら麻酔薬や鎮静薬を用いるが、治療中の酸素濃度変化による研究データはない。本研究では、CPTとFLASHにおける麻酔下での酸素による影響を評価した。
【方法】
[照射条件]
オルセー陽子線治療センターの治療ビームを用い、ブラッグピーク曲線のプラトー領域でCPT群(4 Gy/s)、pFLASH(proton FLASH)群(257 Gy/s)の線量率で照射
[照射対象]
RG2-GFP-luc細胞(神経膠腫由来RG2にルシフェラーゼ及びGFP遺伝子を導入)を同所的に移植したFischer 344ラットの腫瘍側の脳
[麻酔条件]
O2(-)群:21%酸素中で2.5%のイソフルランを投与
O2(+)群:総酸素濃度70%でイソフルランを投与
[評価方法]
- 行動試験:オープンフィールドテストで運動能力、探索活動及び一般的な不安を測定
- 皮膚反応:軽度1〜重度5のスコアによる皮膚炎の評価
- 組織病理学的評価:照射6カ月後、摘出した脳から標本を作製して評価。
- 末梢免疫、腫瘍免疫及び脳免疫細胞集団の分析:25 Gy照射した腫瘍担持ラットから、照射後1及び7日目に血液を、8日目に腫瘍と対側正常脳を採取し、フローサイトメトリーで分析。
【主な結果】
- 皮膚毒性への影響:25 Gy照射後、毒性が最も強くなる16-21日でO2(+)-pFLASH群の皮膚炎が強く、毒性の持続期間が長い。
- 脳毒性への影響:O2(+)pFLASH群6匹中3匹に海馬扁平上皮と前庭に放射線壊死が生じ、同領域でBBBの破壊を確認。麻酔中の酸素濃度は、CPTよりpFLASHに影響が大きい。
- 健常ラットの運動・感情・認知機能への影響
- CPT群全例で照射後3か月に一過性の記憶喪失。
- O2(-)pFLASH群では6ヶ月に渡り、記憶変化なし。
- O2(+)pFLASH群で3か月以降永続的な記憶変化あり。
- 担癌ラットの腫瘍浸潤・循環免疫細胞及びサイトカインレベルへの影響
- pFLASH群では、O2(+)群に比べO2(-)群で浸潤性CD8 T細胞やNK細胞の数が多く、全ての腫瘍免疫細胞の増加はO2(-)群で高く、腫瘍の再酸素化に敏感。
- O2(+)pFLASH群で循環単球の割合が増加し、炎症反応の亢進を示唆。
【結論】
麻酔中の酸素濃度がpFLASHによる有害事象を増悪させる可能性が示唆された。CPTにおける酸素補給は免疫細胞による腫瘍浸潤を妨げる一方、pFLASHでは影響が小さいことが実証され、放射線誘発性免疫調節経路が線量率の影響を受けることも示された。正常組織温存および腫瘍制御において放射線療法で使用される麻酔プロトコルをさらに最適化する必要がある。
松本孔貴・筑波大学(生物部会・学術WG)