No.270
オーラノフィンはp53 / p21経路の調節によって腸管を放射線障害から防護しヒト結腸腫瘍を放射線増感させる
Nag D, Bhanja P, Riha P, Sanchez-Guerrero G, Kimler BF, Tsue TT, Lominska C, Saha S Auranofin protects intestine against radiation injury by modulating p53/p21 pathway and radiosensitizes human colon tumor Clin Cancer Res 2019; 25: 4791-807. doi:10.1158/1078-0432.CCR-18-2751
背景
正常な腸上皮の放射線感受性は、腹部悪性腫瘍に対する根治的放射線治療の主要な制限因子である。正常組織に対する放射線毒性を増大させずに腫瘍に対して選択的に作用する放射線増感剤は理想的ではあるが実用には至っていない。金含有抗リウマチ薬であるオーラノフィン(Auranofin)は、様々ながんに対する抗がん活性が研究されており、この研究グループでは、オーラノフィンがp53の安定化制御に関与する脱ユビキチン化酵素HAUSP7を阻害することによりプロテアソーム分解を阻害してp53を安定化することを発見した。本研究では、オーラノフィンが正常腸管に対して放射線毒性を増大することなく、結腸腫瘍を選択的に放射線増感するかどうか前臨床試験を行った。
方法
- マウス腹部照射は、麻酔下にて胸郭上部、頭部、頸部、下肢、上肢を遮蔽し、腹部の3 cm2の範囲に消化管を含めて照射した。この照射法により、骨髄死を回避して放射線性消化管症候群(radiation-induced gastrointestinal syndrome; RIGS)を誘発させた。
- 患者から外科的に切除された腫瘍および正常結腸は、University of Kansas Medical Center Biospecimen Repositoryを通じて入手し、ヒト結腸のオルガイノイド培養を行った。
- p19ARFを発現するCdkn2a遺伝子を欠損し、オーラノフィンによってp53/p21経路が活性化されないマウス結腸がん細胞株CT26(ATCC CL-2638)をBALB/cマウスの腹部脇腹に皮下接腫した担がんマウスを用いた。
主な結果
- 野生型C57BL/6 雄マウスにオーラノフィンを単独投与しても、健康状態や全生存率に変化は認められなかった。 14.25Gy腹部照射マウスは、下痢、黒色便、体重減少などのRIGSの特徴的な兆候と症状を示し、放射線照射後10~15日以内に全て死亡した。 対照的に腹部照射の前にオーラノフィン投与 (隔日 3 回(6, 4, 2日前投与)、10 mg/kg腹腔内投与) を受けたマウスは、便の状態も良く、体重も維持され、30日生存率100%を達成した。一方、腹部照射したTrp53ノックアウトマウスでは防護効果が認められないことから、このオーラノフィンの防護活性がp53特異的であることも確認された。また、腹部分割照射(6 Gy × 5回)でもオーラノフィンは有意な防護効果を示した。
組織学的観察では、増殖指標としてKi67染色を行ったところ、オーラノフィンの事前投与により、放射線照射前の細胞増殖が抑制され、照射後3.5~4日で徐々に高い増殖レベルに回復し、腸上皮の陰窩絨毛構造が修復された。 - 細胞内の変化として、p53とp21の関与をマウス腸上皮とヒト結腸オルガノイドを用いて調べた。DNA損傷後の細胞の運命は、p53の下流の細胞周期停止とアポトーシス促進シグナルのバランスに依存する。p53は下流の標的遺伝子として、アポトーシス促進因子としてPUMAやBAXを誘導する一方、細胞周期停止によって細胞死を回避させるCdk阻害剤p21を転写活性化する。オーラノフィンは、単独でp53の蓄積およびp21を誘導するがPUMAは誘導せず、PUMA誘導に必要なp53のDNA結合ドメインにおけるリジン120アセチル化も誘導しない。この働きにより正常組織では、オーラノフィンと放射線の併用時は、放射線単独と比べp21発現が増大し、PUMAの発現が抑制される。
また、マウス腹部腫瘍およびヒトの悪性結腸オルガノイドでは、オーラノフィンは、プロテアソーム分解の阻害、小胞体ストレス/小胞体ストレス応答やアポトーシスを誘導し、これらの悪性組織の成長を阻害した。 - オーラノフィンの抗がん活性を調べるために、マウス結腸がん細胞株CT26を移植した担がんマウスを用いた。オーラノフィン(10 mg/kg腹腔内投与)を前投与した後、分割腹部照射(4 Gy/回;2回/週、2週間)を行った。オーラノフィン+腹部照射の併用療法では、コントロールと比較して有意な腫瘍増殖遅延が観察された。同様の抗がん活性がヒト結腸がんオルガノイドにおいても認められた。
結論
放射線との併用により、オーラノフィンが結腸腫瘍を放射線増感しながら、正常な腸上皮を放射線障害から防護することを実証した。オーラノフィン活性の組織選択性は、放射線療法との併用療法として臨床現場での応用が期待される。
コメント
p53 は骨髄では放射線誘発アポトーシスの促進因子として働くが、腸管では抵抗性因子として働く(Science 327, 593-596, 2010)。p53の活性化は、腹部・骨盤領域の放射線治療において正常組織を護る有効な戦略となることが期待され、腸管を防護可能なp53調節剤の一例として紹介した。p53経路の腫瘍遺伝子変異量によって腫瘍応答が異なることも想定され、がんゲノム医療と組み合わせた併用療法の開発に繋がることを期待したい。
森田 明典・徳島大学大学院医歯薬学研究部(生物部会・学術WG)