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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

JASTRO Japanese Society for Radiation Oncology

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No.266
放射線治療における照射野外の線量は老化細胞回避による遅延性発がんを誘導する

E. Goy, M. Tomezak, C. Facchin, N. Martin, E. Bouchaert, J. Benoit, C. de Schutter, J. Nassour, L. Saas, C. Drullion, P. M. Brodin, A. Vandeputte, O. Molendi-Coste, L. Pineau, G. Goormachtigh, O. Pluquet, A. Pourtier, F. Cleri, E. Lartigau, N. Penel, C. Abbadie.

The out-of-field dose in radiation therapy induces delayed tumorigenesis by senescence evasion.

eLife, 2022;11:e67190. DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.67190

背景

根治的放射線治療において深刻な合併症として治療後数十年後に稀に発生する二次性発がん(Secondary Primary Cancer, SPC)が知られている。これは計画標的体積(PTV)の周囲に発生する原発性のがんである。筆者らは先行研究において放射線によって誘発する老化細胞の一部が逸脱し、再度増殖性を持つ細胞(Post-Senescent Neoplastic Emergent, PSNE細胞)が出現する事を示している。本研究ではこのPSNE細胞の発生に着目し、PTV外のマージンに位置する正常線維芽細胞が散乱光子により老化細胞を引き起こし、二次性発がんとの関連性を明確にするために解析を行った。

方法

主に2種類の正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDFs)を用い、培養プレートに播種しPTV内に少なくとも1列、境界上に数列のウェルが広がるように照射野境界を跨ぐように配置された。照射は治療に用いる実際の臨床治療計画を模した1回2Gyで3週間まで照射した。また、SKH1-EマウスについてもPTVとマージンを評価できるよう照射位置を設定した。細胞死はアポトーシスと老化関連βガラクトシダーゼ(SA-β-Gal)アッセイによって老化細胞を検出した。各種DNA損傷・修復関連タンパク質については細胞免疫染色やウェスタンブロティング法で、コメットアッセイによるDNA二本鎖切断 (DSB)とDNA一本鎖切断 (SSB)の評価を行った。また、老化細胞をフローサイトメトリーによるソーティング(FACS)で単離し、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)活性測定、遊走能・浸潤能アッセイ、ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子突然変異アッセイならびにマウス異種移植試験を行った。

結果

  1. 標準放射線模擬治療に基づいて分割照射を行ったNHDF細胞の成長曲線から、PTV内に置いたNHDF細胞は3週間の照射において細胞死による増殖抑制が観察された。一方、マージンに置いたNHDF細胞は死滅せず、最遠位マージンに置いたものは非照射細胞と同様に成長を続けるか、僅かに遅延したのに対し、最近位マージンに置いたものは成長抑制が観察された。
  2. マージンにおける散乱線は培養プレート中を伝播する際に生じているものである事が示唆された。
  3. PTV内またはマージンに位置するNHDF細胞において、SA-β-Gal活性細胞が増加することが示された。また、老化細胞の特徴である多核細胞の増加もマージンにおいて観察されている。
  4. SSBはPTV内とマージンの全ての領域で観察されるのに対して、DSBはPTV内でのみで観察された。SSBの指標であるXRCC1を用いた実験でも同様の結果であった。また、マウス皮膚組織のPTV外マージン領域でのみXRCC1陽性の線維芽細胞が観察された。このPTV外マージンでのSSB蓄積は分割照射に伴うポリADPリボシル化活性低下によって起きるDNA修復能低下が原因である事が示唆された。
  5. 分割照射後にマージンに見られた老化NHDF細胞をソーティングし、培養を続けると2週間後に小さい増殖細胞の出現が認められた。この増殖細胞には突然変異は認められなかったが、MMP活性の上昇、遊走能・浸潤性の上昇が観察された。免疫不全マウスを用いてPSNE細胞の腫瘍形成能を評価しところ、移植後10ヶ月が経過しても腫瘍を形成しなかった。一方、肉腫由来HT1080細胞を移植したマウスは2週間以内にすべて腫瘍が発生した。

結論

以上の結果は、実際の臨床治療計画を模した分割照射でPTV外マージンに置いた正常線維芽細胞は、2週間後にはSSBの蓄積と関連した老化状態に入ることが示され、ごく少数の細胞であるが老化状態を逸脱し、増殖性、遊走能・浸潤性を持つPSNE細胞を生み出すことを示している。これらの知見は正常な腫瘍周囲組織へ散乱光子が遅延性の2次発がんの発生を起こすメカニズムの理解に重要な意義があり、二次性発がんの再発を防止するための抗老化剤を使用する道を開くものである。

コメント

  • 本研究は放射線治療におけるPTV外マージンでの散乱線が老化細胞を誘引し、その一部がPSNE細胞に変化して二次性発がんを引き起こす可能性を示した初めての報告で、本報告で提唱されている抗老化剤の使用による二次性発がんの防止という新しいコンセプトは非常に臨床的応用において意義があると思われる。

稲波 修・北海道大学(生物部会・学術WG)

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