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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

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No.264
父親由来の放射線継世代影響のメカニズム:ヒストンを介した相同組換え修復抑制の関与

Wang S, Meyer DH, Schumacher B.
Inheritance of paternal DNA damage by histone-mediated repair restriction.
Nature 613, 365-374 (2023).
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05544-w

背景

放射線による継世代影響は長年の課題である。広島、長崎の原爆被爆生存者やチョルノービル事故での除染作業者の調査では継世代影響は認められていない。世代間での自然変異に関しては、70~80%程度が父親の生殖細胞に由来することが明らかになっている。本研究では、線虫を用いて、父親が照射された場合の継世代影響の解析を行った。

方法

線虫には雌雄同体とオスが存在し、雌雄同体は卵と精子の両方を作り自家受精を行うとともに、オスとの交配も可能である。そこで、雄性生殖系列細胞のみを作ることができない変異体(fog-2あるいはspe-8)の雌雄同体個体をメスとして用いた。メスまたはオスの線虫に30〜90Gyのγ線(137Cs)を照射した。これをP0世代とする。これらを非照射のオスまたはメスと交配し、生じた個体をF1世代とする。さらにF1世代の健康なメスまたはオスをそれぞれ非照射のオスまたはメスと交配し、生じた個体をF2世代とする。継世代影響発現のメカニズム解析のために、種々の遺伝子欠損個体との掛け合わせやRNA干渉(RNAi)によるノックダウンを行った。

結果

  1. P0でメスを照射した場合、F1世代において致死個体が出現した(30Gyで約40%、60、90Gyではほぼ100%)が、F2世代においてはほとんど出現しなかった。一方、P0でオスを照射した場合、F1において致死個体は10〜15%程度であったが、F2において多くの致死個体が出現した。
  2. P0でオスを照射した場合、F1の胚や成体(腸)での染色体異常(chromosome bridge、lagging chromosomeなど)が見られた。また、全ゲノム塩基配列解析の結果、転座が認められた。さらに、F1のメスの生殖系列細胞において、X染色体の不活性化が起こっていないことが分かった。
  3. DNAポリメラーゼθ変異体(polq-1)の場合、F1での致死個体が増加し、生存した個体も不稔となり、F2が生じなかった。非相同末端結合(NHEJ)に関わるKu70の変異体(cku-70)では、F1およびF2での致死個体の増加が見られた。相同組換え修復(HRR)に関わるBRCA2の変異体(brc-1)では、F1およびF2とも致死個体割合の増加は見られなかった。
  4. リンカーヒストンの一つであるHIS-24遺伝子、ヘテロクロマチン構造の維持や制御に関わるHPL-1遺伝子の変異体を用いた場合、発現をRNAiによりノックダウンした場合には、F2世代における致死個体の出現が減少した。
  5. HIS-24遺伝子あるいはHPL-1遺伝子をノックダウンすると、F1世代の生殖系列細胞でのRAD-51のフォーカスが増加した。HIS-24遺伝子あるいはHPL-1遺伝子とともにBRC-1遺伝子をノックダウンすると、F2世代での致死個体出現頻度が減少しなかった。

結論

以上の結果を総合すると、線虫のオスに放射線を照射した場合の継世代影響は以下のようにして起こると考えられる。まず、P0の精子にDNA損傷が起こり、受精後に主に卵のDNAポリメラーゼθを介した修復機構(TMEJ)によって修復される。TMEJは誤りを起こしやすいために、F1世代の生殖系列細胞において染色体異常やX染色体不活性化異常が生じ、F2世代での個体の致死につながる。一方、TMEJに比べて正確であると考えられているHRRは、HIS-24やHPL-1を介したヘテロクロマチン構造形成によって抑制されている。そのため、HIS-24やHPL-1を抑制するとHRRが働いて、F2世代個体の致死が抑制される。

コメント

  • 線虫の遺伝学モデルとしての優れた特性を活かし、継世代影響に関する新しいメカニズムを提示した研究である。
  • これまでのヒトや他のモデル生物における継世代影響の研究は、遺伝子に何らかの機能的な変化をもたらす変異を想定して行われてきたが、一方、本論文ではゲノムの構造変化による発生過程への致命的な影響を捉えている点で違いがあるように思われる。
  • 正常な線虫では、正確なHRRを抑制して、誤りがちなTMEJを働かせていることになる。これは生存にとって一見不利だが、どのような意義があるのか。著者らは環境適応や進化における多様性増大の意義を議論している。

松本 義久・東京工業大学(生物部会・学術WG)

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