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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

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No.263
銅はリポイル化されたTCAサイクルタンパク質を標的として細胞死を誘導する

Copper induces cell death by targeting lipoylated TCA cycle proteins Science 375(6586):1254-1261, 2022, DOI: 10.1126/science.abf0529

背景

生体内の銅は必須微量元素の一つであり、セルロプラスミン、スーパーオキシドディスムターゼ、シトクロームcオキシダーゼといった酵素活性を調節する。銅関連疾患としては欠乏症としてメンケス病、過剰症としてウィルソン病が有名であり、腫瘍疾患においても銅濃度が上昇していることが分かっている。近年、銅イオノフォアとしての作用を持つエレスコロモール(elesclomol)が銅を選択的にミトコンドリアに輸送し、特にがん細胞に対して酸化ストレスを引き起こし、アポトーシス様の細胞死を誘導することが分かってきた。しかしながら、このような処置によっておこる過剰な銅がどのようなメカニズムで細胞死を引き起こすのかについて不明な点が多く、筆者らは以前の研究で見出したエレスコロモール-銅複合体の標的たんぱく質FDX1とアミド結合を介したリジン残基への翻訳後修飾「リポイル化」に着目して研究を行った。

方法および結果

エレスコロモールをはじめとする銅イオノフォア処理によって起こる細胞死は、カスパーゼ非依存性であり、Bak/Baxの関与を受けず、フェロスタチン-1やネクロスタチチン-1によって阻害されなかったため、アポトーシス、フェロトーシス、ネクロプトーシスとは異なる様式の細胞死であることが明らかとなった。ミトコンドリア呼吸鎖complex I/IIIの阻害剤であるロテノン、アンチマイシンでエレスコロモールの毒性は抑制されることや、ガラクトース負荷で毒性が増強されたことなどからミトコンドリア呼吸が銅イオノフォア誘発細胞死を制御することが示唆された。全ゲノムCRISPR-Cas9スクリーニングによって、エレスコロモールおよび活性型ジスルフェラム耐性株で共通に認められた遺伝子群にはlipoyl synthase (LIAS) やlipolytransferase 1 (LIPT1)などリポ酸合成とリポイル化経路に関わる遺伝子に加えて、ミトコンドリアの鉄-硫黄クラスター生合成のための電子供与体FDX1が含まれていた。膨大な種類のがん細胞とCRISPR-Cas9スクリーニングで構築されたProject Achillesと呼ばれる遺伝子機能ネットワークデータベースから、FDX1はこれらリポイル化関連遺伝子の上流に位置し、それは遺伝子抑制実験でも確認された。選択的カラムを使用した金属結合性に基づくたんぱく質解析によって、銅はピルビン酸からTCA回路にアセチルCoAを供給するのに必要なピルビン酸デヒドロゲナーゼPDHのサブユニットDLATのリポイル化たんぱく質に結合し、オリゴマー化を誘導していることが明らかとなった。最後に、細胞内銅輸送たんぱく質であるATP7Bをノックダウンしたウィルソン病模擬モデル細胞における細胞死も、リポイル化たんぱく質の凝集や鉄-硫黄クラスターを含むたんぱく質の損失などで共通性が認められた。

結論

銅の毒性が既知の細胞死制御機構とは異なるメカニズムで生じることが明らかとなり、これをCuproptosisと呼ぶことを提唱する。

コメント

  • 銅による細胞死はリポイル化たんぱく質の関与の大きいミトコンドリア呼吸に依存する細胞株で感受性が高いことから、バイオマーカーの確立とともに、現状がん治療において成功していない銅毒性に基づいた治療法の再評価と臨床応用への展開に繋がるものと考えられる。
  • 放射線治療におけるCuproptosisの寄与は大きくないかもしれないが、個別化医療が進んで、増感剤もオーダーメイドされる頃には治療選択肢の一つになる可能性がある。

安井博宣・北海道大学(生物部会・学術WG)

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