No.152
治療閾値:早期乳癌の初期治療に関するザンクトガレン専門家合意会議2009のハイライト
Thresholds for therapies: highlights of the St Gallen International Expert Consensus on the primary therapy of early breast cancer 2009.
Goldhirsch A, Ingle JN, Gelber RD, et al.
Ann Oncol 20:1319-1329, 2009
要約
早期乳がんの初期治療に関する第11回ザンクトガレン専門家合意会議が2009年3月に開催された。
効果予測マーカに基づく分類により標的を定めた術後補助全身療法を重点的に進めるという方針は維持された。少しでもエストロゲン受容体(ER)が陽性であればほとんどすべての患者に内分泌療法が正当化される。標準的基準でHER2蛋白が過剰発現または増幅と判定されれば超低リスク患者を除き抗HER2療法の適応となる。当然、ERおよびHER2の判定は信頼かつ正確でなければならない。リスクそれ自体が標的ではないというようにリスク因子の役割を認識することにより化学療法の適応は洗練された。多遺伝子発現分析を含めた増殖指標はこの面においても重要である。このように各種の全身療法の適応を決める治療閾値 Threshold for indicationは治療手段決定アルゴリズムを明らかにするために別々に列挙されたそれぞれの基準に沿って決められる。
コメント
2年ごとに改訂されるザンクトガレンのガイドラインである。疫学、診断、治療から臨床試験の最新情報まで幅広く網羅されており、最新知識の整理に役立つ。
今回の改訂点の最大のポイントはERが1%でも染まっていれば内分泌療法の適応として良いという点である。ターゲットがあれば内分泌療法や抗HER2療法の中心となり、相対的に化学療法の役割が少なくなっている印象である。ちなみにER(-), PgR(+)はおそらくアーティファクトだろうとしている。
以下に本文の一部であるが、「局所および領域の治療」の項目のみ和訳して掲載する。
「切除断端、センチネル生検の適応、予防的乳房切除術について検討された。
切除された断端面(inked margin)に浸潤癌あるいは非浸潤癌(DCIS)がみられたら、再切除は必須である。しかし非浸潤性小葉癌(LCIS)の場合は不要である。
パネル委員の間ではDCISの際の断端距離について意見が分かれた。1cmほどの安全域までは必要ないだろうとまでは合意できたが、それ以上の合意は得られなかった。安全域を確保するために広く切除しつつ、整容性も保つoncoplastic surgeryは勧められる。
臨床的に腋窩リンパ節陰性患者にはセンチネル生検をすることが標準治療であり、陰性、または一部のpNmi(sn)やpN0(i+)(sn)患者では腋窩郭清を避けられる。
予防的乳房切除術の増加傾向がみられていることが報告されたが、延命には結びついていないことも確認された。
DCIS部分切除後の放射線治療は標準治療と考えられている。しかし低悪性度で十分な断端距離が確保されている高齢者なら照射は不要かもしれない。
浸潤癌の場合は4個以上のリンパ節転移がみられた時、乳房切除後照射(PMRT)がされるが、1~3個の場合はその適応は限定的となり、若年とか他の予後不良因子があるときに用いられる。
乳房温存手術後の加速全乳房照射は60歳以上の予後が良さそうな患者で許容されるが、部分照射はいまだ実験段階である。
小さな腫瘤で、臨床的に腋窩リンパ節転移陰性でER陽性の高齢者の場合は照射をせずに内分泌療法のみの治療が検討されても良い。」
私が個人的に興味あったのは外科療法の項で断端陰性の定義に対する認識に温度差がみられることを今回、初めて指摘している点である。十分な断端について北米の放射線腫瘍医はインク断端陰性でも許容するのに対して、外科医や欧州の放射線腫瘍医は2-5mmが必要とみなしている。
今後2年間はNCCNのガイドラインと並んで乳癌治療に関わる世界中のオンコロジストが参考にするものであり、我々放射線腫瘍医も必見と思われる。幸いにもPubMed Centralから無料でpdfをdownload可能であり、NPO法人「がん情報局」のHP( http://www.ganjoho.org/knowledge/St.Gallen/index.html)で浜松オンコロジーセンターの渡辺亨先生らが原文を忠実に日本語訳したものをアップしているので参考にされたい。
(関口 建次)