No.115
2006年におけるがん治療・予防・スクリーニングに関する臨床的進歩─ASCOからの報告
Clinical Cancer Advances 2006: Major Research Advances in Cancer Treatment, Prevention, and Screening-A Report From the American Society of Clinical Oncology
Robert F. Ozols, Roy S. Herbst, Yolonda L. Colson, et al.
Journal of Clinical Oncology 25(1):146-162, 2007
昨年に引き続き、ASCOは過去1年間に学会誌に掲載もしくは学術会議で発表された臨床データの中から主要な研究成果をまとめた年報を上梓した。
米国では過去30年にわたる臨床がん研究、予防、健診への投資によりがん罹患率・死亡率は低下し、生存率は上昇した。また、がんやその治療に伴う随伴症状や副作用は著しく軽減した。1930年以来はじめて2003年にがん死亡数が低下し、今やがん生存者が1000万人に達した。
最前線の臨床がん研究をまとめた本年度の報告では、3つのカテゴリーに分類されている。
・ 予防:子宮頸がんとの強い関連のあるHPVに対する最初のワクチンが承認された
・ 標的治療:腎がん、HER-2陽性乳がん、標準治療抵抗性CML、頭頚部がんなど難治がんに有効な標的治療が開発された
・ 遺伝子分類:肺がんの予後を予想する新規遺伝子分類検査が創成された
このような発展にもかかわらずがんは以前脅威でありさらに有効な予防や治療の戦略が必要とされている。ヒトゲノムやがん細胞内部の働きに関する理解の深化によりがん対策の更なる発展が期待されている。しかしこれらの実現を妨げる大きな障壁も存在する。本報告では昨年度の臨床がん研究の成果を述べるとともにこのような障壁およびそれを克服するための提言についてもふれる。
以下に個別の重要事項を示す。
・ FDAはHPV感染を予防するワクチンを初めて承認した。GardasilはHPV-16,18関連の頚部前がんの予防に100%有効であった。さらにHPV関連膣がんや陰唇がん予防にも有効であった。
・ 腎がんに対する新規標的治療の有効性が示された。大規模3相試験でtemsirolimus(mTOR阻害剤)は進行期高リスク腎がんに対する標準治療であるIFaと比較して生存率を向上させた。大規模3相試験でsunitinibは進行期RCCに対する標準治療であるIFaと比較して無進行生存率とRRを向上させた。FDAは2006年1月にsunitinibを免疫治療後再燃したRCC患者に対するセカンドライン治療として承認した。
・ HER-2陽性乳がん(乳がん全体の20-25%に認められ予後が悪い)に対するlapatinibとcapecitabineの併用はcapecitabine単独投与よりがん進行をよりよく制御した。FDAはtrastuzumabなどの前治療に反応しなくなった進行期HER-2陽性乳がんへのlapatinibの適応を検討中である。
・ imatinib抵抗性CMLに対するdasatinibの有効性が示された。imatinibに抵抗性もしくは不耐となったCML患者にdasatinibを投与すると92.5%においてNEDとなった。FDAは2006年6月にCMLに対するdasatinibを承認した。
・ 局所進行頭頚部がんに対するcetuximabと標準高線量照射の併用は照射単独と比較してがん進行を遅らせ生存を延長(49ヶ月対29.3ヶ月)した。FDAはcetuzimabを承認した。これは本疾患に対し過去45年間で初めて承認された薬剤である。
・ 肺がんの予後を予測する遺伝子検査が創成された。個別化医療のさきがけとなるこの検査は個人の遺伝子プロファイルに基づき治療の効果や副作用を予測することが可能となった。肺メタジーンモデルと呼ばれるこの検査では72-79%の精度で再発を予測でき、IA早期NSCLCに対する標準治療である外科切除で25%の再発が認められることから術後補助療法を必要とする患者の選択に有効と考えられる。
がん研究を促進するために必要となる提言
生物医学の進歩がこれらの多くの臨床研究の基礎となっていることはすでに指摘したことであるが、その橋渡しとなるトランスレーショナルリサーチが不足していることが問題となっている。さらにこれを支える基金の伸び悩みが危惧されている。がん研究促進のためASCOの掲げる提言は以下の2つである。
1. がん研究基金の増大:1998年から2003年にかけて政府はNIHへの予算を増やし確実は成果を上げることにつながったが、2003年以降は支出が伸び悩み2007年には削減されようとしている。癌研究推進のためASCOは少なくとも5%の予算増大を提言する。
2. 基礎から臨床への発展的研究の促進:トランスレーショナル研究には生物検体利用の発展が不可欠であるが多くの障害がある。ヒト生物検体利用改善のためのASCOの提言は以下の3点である。
a. 検体の収集と保管の標準化のためにNCIに国家的データベースを構築し、各研究施設が情報やノウハウを共有できる保管システムを作り上げる。
b. 個人情報保護法ががん研究の発展を妨げないため国家のガイドライン策定が必要である。
c. 知的財産権に伴うトラブルを解決するためには研究施設、民間、政府と患者グループがその利益を共有できる中央化されたデータベースの構築が必要である。
・ その他、各臨床分野における特記事項として以下の項目があげられる。
1. 進行期濾胞性リンパ腫にrituximabを継続投与は生存を延長した。
2. HER-2陽性早期乳がんにtrastuzumabの有効性が確実となり、短期間投与も可能。
3. 乳がん死亡の低下にはMMGと補助療法が主要な要因となった。
4. 乏突起膠腫で1p/11q欠損があると治療への反応性がよく予後がよい。
5. 膵がんでGEMにOxaliplatinの併用は無益であった。
6. GISTでsunitinibの有用性はKITとPDGFRA遺伝子変異の存在に依存していた。
7. 精巣胚細胞腫で高容量化療の成績は標準化療と不変であった。
8. 進行期卵巣がんで腹腔内化療が生存期間を延長した。
9. 進行期頭頚部がんで標準化療にdocetaxelの併用は生存期間を延長した。
10. ERCC1陽性NSCLCはcisplatinへの反応が良好だった。
11. erlotinibとgefitinibはEGFR遺伝子変異を有する肺がんのほうが有効たった。
12. FDAは小児ALLにpagaspargaseの適応を承認した。
13. FDAは小児T-ALLとT-LBLに対しnelarabineの適応を承認した。
14. 悪性黒色腫ではセンチネルリンパ節生検は再発のリスクを低下し生存率の予測に役立つ。また、発生には明確に異なる過程が存在し、高リスク群を同定する新たは手法が見出された。
15. 浸潤性乳がんの予防効果はtamoxifenもraloxifeneも同等だったが、非浸潤性乳がんではtamoxifenのほうが予防効果が高く、子宮体がんや血栓の発生頻度はraloxifeneのほうが低かった。
16. 乳がん生存者では診断後5-10年たっても疲労度が高かった。
コメント
昨年に引き続き、ASCOは年次ハイライトを年頭にもってきています。昨年は初回ということもあり、米国科学の発展が大いにがん治療に貢献しているという高らかな意気込みを漂わせる文脈がみてとれましたが、今年は全体に実務的な構成になっています。また、政府の予算削減に反論し増額を要求している点などが特徴的かと思われます。知的財産権の問題への言及などを含め、米国では「がん医療」が大きな産業としての意義を持っていることが伺い知れます。
(青木 幸昌)