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No.140
1.陽子線治療は広く採用されるべきか?(Schulz/Kagan) 2.SchulzとKaganに答えて(Suit/Kooy)

1.( Schulz/Kagan) Should proton-beam therapy be widely adopted ? 2.(Suit/Kooy) In response to Schulz and Kagan

1.Schulz RJ, Kagan AR.
Int J Radiat Oncol Biol Phys, 72(5):1307-1309, 2008
2. Suit H, Kooy
Int J Radiat Oncol Biol Phys, 72(5):1309-1310, 2008

問題提起

(Schulz/Kagan)

上質な線量分布を得るべく60Coから線形加速器へと治療装置が置換えられたように"比類のない線量分布"だけを拠り所として次は陽子線治療(PBT)が取って代る番だというSuitら(2008)やGoitein & Cox (2008)の主張は一見合理的だが 果してそうだろうか? 現実のPBTは臨床成績に見るべきものなく極めて高価である。また彼らはPBTにはRCTの結果を待つのは不適切だと主張する。

無作為化臨床試験(RCT)

(Schulz/Kagan)

10年原病生存率が90%を超える早期前立腺癌患者に対するPBTとIMRTの比較のような僅差の結果しか予想されない困難なRCTは実施されそうにないことは認めるが、だからと言ってPBTにはRCTは不要であると主張してEBMの制約を受けなくてよいということを許容すべきなのか?

(Suit/Kooy)

線量分布(治療計画)の単純比較により直ちに答えられるような質問に回答を与えるためのRCTは必要ではない。さらにPBTの期待利得に対する金銭的コストの評価を目的としてX-ray群に割り付けられた患者が何らの益なく腫瘍浸潤のない正常組織へのより多くの線量投与を受けるという倫理問題は看過すべきではない。

臨床成績

(Schulz/Kagan)

PBTは技術的大躍進などでは全くなく1954年に始まり、以来50000 例以上の患者の臨床経験と500を超える出版物があるので、非常に複雑で高価な技術であるPBTに関する相当量の証拠が集積し、PBTを広く採用する支持を生むに足ると思われるかもしれないが、事はその反対であって、過去2年間にあらわれたPBTの臨床的有効性についての3つの系統的なレビューが到達した結論は以下の如くたいへん類似している。すなわち、

「未証明で高価な陽子線治療を提供する施設が抑制なく膨張することは、放射線腫瘍学の進歩や癌患者の益とはなりそうにない。」(Bradaら)、

「(仮に)主な治療法としてhadron therapy(⊃ PBT, heavy ion therapy)が急速に拡大するようなことが適切であると既存データは示唆していない。」(Lodgeら)、

「陽子治療の臨床的有効性の証拠は大部分がnon-controlled studiesに依っており、医療技術評価基準とEBM criteriaに従うと根拠のレベルが低い。」(Olsenら)

PBTとx-rayの臨床成績には区別がつかないので、PBTがより広く採用されるべきである理由に関する論点は一層重大で、特にRCTがPBT支持者によって積極的には勧められないためになおさらである。

眼腫瘍、頭蓋底腫瘍、それに小児腫瘍の患者がPBTの利益を得るかもしれないが、その利益は長期の後遺症に関してであって、まだ証明されていない。さらにこれらの腫瘍の患者数は比較的少ないので、半ダースの現在のPBT施設は容易にそれらを受け入れることができる。

(Suit/Kooy)

"benefit" (利益)の定義を明確にして議論すべきである。

上質な線量分布の利益とは腫瘍浸潤のない正常組織への線量低減であり、陽子線とX-rayが RBEで10%の差しかない低LET放射線である事実は重要であって、どんな正常組織に与えられる少しの不必要な線量も患者には全く利益とならない。このことは腫瘍への効果とは別にPBTから生じる重要な利益の強力な証拠として被爆者の研究やUNSCEARのリスク推計などから知られるものであり、PBT は治療計画が優りしかも根治的治療を目指す患者に適している。

Schulz/Kaganは多くは標的線量を大きくでき、X-rayと同じ標的線量では非標的線量を低くできる頭蓋底の肉腫、副鼻腔腫瘍、肝癌などのPBT施設からの報告を議論せず、小児の固形腫瘍や化学療法併用時の耐容への効果を考慮していない。

コストの検討

(Schulz/Kagan)

放射線治療の歴史にはその物理的性質に基づき臨床結果の集積を待たず採用された新技術の例が充満している。このパターンをPBTにも同様に当てはめるべきではない理由は、支持する臨床データの不足と同じ程度に、その先例のない高額な資金と運転費にある。PBT支持者のレポートでは省略されたり誤魔化されたりする以下のような側面を考慮されたい。

(1)PBT isocentricガントリー照射室あたりコストはおよそ2500万ドルから3000万ドルで、相当するIMRT施設の約5倍である。

(2)PBTガントリー用の治療室は、直線加速器に対するものより各方向で約50%大きいので既存の一つのx-ray施設にとって代ることができず、新たに建設されなければならない。PBT施設の建設費は相当するx-ray施設より3.7倍と推定される。

(3)既存治療施設に追加された3-4室のPBTシステムは治療能力における顕著な増加を意味し、財政的にはこの増加した治療可能数と患者紹介の増加とが釣り合うことを要し、これらはPBTが特に適応となる患者でなければならない。もし患者紹介が停滞すると、従来法で治療されても同様にうまく行く患者が、より高額払戻しの陽子線治療に割り当てられるかもしれない。さらに過剰設備は既存の治療施設の利用不足を起こして財政上の問題を生む。

(4)PBTは線量投与がより難しいがその理由は、拡大ブラッグピークが腫瘍体積を前後から挟むように各々の照射野に対するビームエネルギーの最大と最小が調整されなければならないからである。また、陽子線は患者から出て行かないので、治療ビームを確認するポータル画像の利用は不可。1つのサイクロトロン(ママ)が3~4つの治療室にビームを供給するので、陽子ビームは同時に複数の治療室には向けられず患者スループットはx-ray施設よりも劣りその分治療コストが高い。

(5)費用対効果分析はQOL adjusted life-yearsについてのコストとして表されるが、QOL判定基準の選択が主観的なプロセスであり、選択される患者集団が研究者の地理的領域に特有である可能性があるので、例えばLundkvistらの研究のようなsingle-armed studyには限定的な有用性しかない。そうではないKonskiらの研究では、前立腺癌患者の治療でPBTの費用対効果をIMRTのそれと比較して「PBTは大部分の前立腺癌患者のためにcost effectiveではない。」と結論された。

(Suit/Kooy)

PBT施設の運営費見積もりは研究開発費を除外し、PBT費用対X-ray治療費の正確な評価には相当する技術(例えば4D-IGRT)と治療目的とから測られねばならない。医療スタッフに関するコストは同じだが、PBTの大きなコストは主に先行投資資本コストと主にサービス契約に費やされる特別な運営経費である。現在の考察の下のさまざまな運営シナリオの財務分析では、まだ確認されていないが、成熟したPBTの費用はそれと同等の設備をもって運営される光子施設と比較して2倍以内とされている。

その他の考察と結論

(Schulz/Kagan)

Goitein/Jermann (2003)のコスト分析はPBTの設置を考慮するものに貴重な起点を提供したが、相当するIMRTシステムとintensity-modulated PBTを1対1で比較している点は放射線治療の実務を反映しない。PBT専用施設の運営経費は一般的なx-ray治療部門のそれをはるかに超えて2.4倍以上と思われる。現在ではいくつかのPBT商用システムが利用可能で、資金、運用経費、および費用対効果の問題は、病院と投資家が現実的なビジネスプランを定式化でき、Centers for Medicare & Medicaid Services (CMS)が道理に適った払戻率を確立できるように再考されるべきである。

(Suit/Kooy)

議論の余地なく重要性また大いに現在の関心事である問題に答えるための臨床試験を実行するならばPBT治療患者の利益は一層大きくなると思われる。それらは例えば少分割照射の役割、リスク臓器の耐容とそれら器官の中の線量および線量分布の関係、異なる化学療法プロトコールとPBTとの併用効果などの問題である。

コメント

米国で施設数急増の兆しがある陽子線治療をテーマにしたcontroversy sectionから両論を対比してみました。Suitらはコスト問題についてはその分析方法や施設運営シナリオの多様性の指摘に止めていますが、Schulzらはこの"unproved expensive technology"の拡大を挫くために、現在IMRTの2.8倍もするCMSの払戻し率を新規PBT施設に対してはIMRTと同じにするべきだとまで述べています。
国内の粒子線治療では先進医療から公的保険の対象とするべきかどうかの議論がありますが、Suitらと同じく"curative intent"のもとで確実に優位な線量分布を計画できた症例には一切の障碍なくPBTを提供できるようにしたいものです。


(村山 重行)

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