No.124
早期乳癌に対する補助全身療法のコンセンサス会議: St. Gallen 2007
Progress and promise: highlights of the international expert consensus on the primary therapy of early breast cancer 2007.
Goldhirsch A, Wood WC, et al.
Ann Oncol 18:1133-1144, 2007
2007年3月スイスのザンクトガレンで開催された10回目の早期乳癌に対する補助全身療法のコンセンサス会議の報告である。
標的の同定は治療法に深く関連する。2005年以来、細胞表面のHER2の存在は内分泌療法におけるホルモン受容体と同じくトラスツズマブ治療の有効な標的と考えられている。
エキスパートパネルは全身療法を選択する最初のアプローチとしての内分泌療法に対する奏効度合の重要性を再確認した。すなわち高度内分泌反応性、不完全内分泌反応性および内分泌非反応性である。前二者はそれぞれ2005年版では内分泌反応性、内分泌反応性不確実と呼ばれていた。
トラスツズマブの適応にはHER2陽性である必要があり、化学療法とともに用いられる。今までのリスクカテゴリーは大部分、正しかった。リスク分類に分子レベルの検査法がいくつかあることを認識しつつ、リスク分類や標的診断にはこれまでの高品質の標準的な組織病理学的評価法を推奨する。
化学療法には標的に関する情報が大部分、欠如しているが、ホルモン受容体陰性かつHER2陰性(triple negative)症例には唯一の手段である。HER2陽性症例には化学療法は通常、トラスツズマブと同時か、あるいは先行して用いられる。また内分泌療法に反応するが、それだけでは不確実と考えられる場合は化学療法が併用されることもある。
この勧告は個々の治療法というよりは治療選択の手順について基本概念を示すものである。すなわち内分泌反応性、HER2による標的評価をして、再発リスク分類をし、それらの情報を用いて24病型分類表から治療法を選択する。
標的評価
〔内分泌反応性の定義〕
高度内分泌反応性:腫瘍細胞の過半数で、ER、PgRが高度に発現している場合
不完全内分泌反応性:ER、PgRの発現が低い、または、ER、PgRのどちらかが発現していない場合
内分泌非反応性:ER、PgRともに発現していない場合
〔HER2 陽性の定義〕
免疫組織化学検査法(IHC)で30%以上の細胞で(3+)の染色が得られた場合
FISH法でHER2遺伝子と17番染色体の中心体の比率が2.2倍超に増幅している場合
CISH法で細胞あたりのHER2 シグナルが6個を超えてある場合
リスク分類
低リスク:
腋窩リンパ節転移陰性で以下の条件をすべて満たす症例
病理学的腫瘍径2cm以下、組織学的/核異型度グレード1、広範な腫瘍周囲の脈管浸潤がなし、ER and/or PgR 陽性、HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅なし、年令35才以上
中間リスク:
腋窩リンパ節転移陰性で以下の1つ以上の条件を満たす症例
病理学的腫瘍径2cmを超える、組織学的/核異型度グレード2,3、広範な腫瘍周囲の脈管浸潤あり、ER とPgR ともに陰性、HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅あり、年令35才未満
腋窩リンパ節転移1?3個陽性で以下の条件に該当する症例
ER and/or PgR 陽性 かつ HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅なし
高リスク:
腋窩リンパ節転移1?3個陽性で以下の条件に該当する症例
ER/PgR ともに陰性 または HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅あり
腋窩リンパ節転移4個以上の症例
治療法選択
基本的な考え方としてはHER2陰性例では高度および不完全内分泌反応性には内分泌療法の適応(再発リスクに応じて化学療法も考慮)となり、内分泌非反応性には化学療法が適応となる。HER2陽性となり、リスクが高くなると化学療法+トラスツズマブが追加される。
放射線治療についてのみ要約するとEBCTCG2005の結果を受けて局所再発を減らす治療は長期的にみて乳癌死も減らすと明言している。すなわち実臨床では4個以上のリンパ節転移の場合は乳房切除後照射(PMRT)が正当化される。しかしながら1?3個なら不確実でT4でなければPMRTは不要としている。照射手技の進歩により肺や心臓などのリスク臓器への障害は減らせる。加速部分乳房照射(APBI)は討論されたが、現在進行中の臨床試験の結果待ちとなった。
コメント
スイスのザンクトガレンで2年毎に合意される乳癌補助療法に関するこのガイドラインは乳癌治療の世界ではNCCNと並んで最も頻用されるものの一つである。世界中の研究者が最新のエビデンスに基づき作成した勧告であり、今後2年間の標準治療とされるので、乳癌診療に携わる機会の多い放射線腫瘍医も読んでおくべき文献の一つである。
この勧告は主に腫瘍内科医を中心に作成されるために仏グスタフ・ルーシー研究所のDr Arriagata がコメントで痛烈に批判しているのが興味深い。彼は閉経前の女性に対するホルモン治療としての卵巣照射が圧倒的に否定されたことに医学的根拠がないとしている。また1?3個までの腋窩リンパ節転移に対するPMRTについても疑問とされたことにEBCTCG, DCBC 82 b&cおよび自施設のデータからみて納得できないとしている。また照射野についても胸壁と鎖骨上窩については必要としているが、胸骨傍については記載されなかったことも批判している。
個人的には放射線腫瘍医もこの会議のメンバーに参加しているとはいえ、その場の雰囲気や強いエビデンスがないテーマについては流されることも止むを得ないかなと思っており、それらの点については患者と個別に議論することで解決可能と思っている。
最後に参加者の一人であるJR HarrisがSt. GallenにおけるPMRTに関連してChung CS, Harris JR: Post?mastectomy radiation therapy: translating local benefits into improved survival. Breast 16 Suppl 2:S78–83, 2007で詳しく解説しており、興味のある読者はぜひとも一読していただきたい。
(関口 建次)