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日本放射線腫瘍学会生物部会

会員の訃報

田中 敬正 先生を偲んで

2010年09月01日

関西医科大学 放射線科 赤木 清

永の病気のご養生の甲斐もなく、田中敬正先生は平成22年3月26日に享年79歳で逝去されました。3月29日に奈良市で葬儀が行われた。

田中敬正先生の簡単な略歴と功績を紹介します。

田中先生は昭和6年3月30日、兵庫県に生まれ、昭和29年4月京都大学医学部医学科をご卒業、同30年3月国立姫路病院にて実地修練を修了後、同30年8月京都大学副手となり同31年1月京都大学医学部助手を経て、同31年1月同大学講師に任命されております。同38年から39年までカナダ国の原子力研究所に留学されております。昭和41年4月昭和54年3月までの13年間天理よろず相談所病院放射線科部長として勤務されました。この間、昭和35年3月に京都大学より医学博士の学位を授与されておられます。

昭和54年4月関西医科大学の教授に就任され、平成10年3月定年退職までの18年間放射線科学講座を主宰されました。平成10年4月同大学名誉教授の称号を受けておられます。

田中先生の研究功績は、放射線腫瘍学と画像診断学にあります。腫瘍学ではがん温熱療法ハイパーサーミヤの開発研究であります。昭和61年より3年間文部省がん特(1)の「ハイパーサーミヤ(温熱療法)」の研究代表者として基礎・臨床研究を続けられました。肝がん、胆道がんなどの難治性がんに対して、放射線、塞栓化学療法と温熱療法の併用などの集学的治療法を行い、臨床応用においても有効な結果を得、ハイパーサーミヤ(温熱療法)を確立に努力されました。国内において指導的な役割を果たされ、その結果 厚生省から高度先進医療としてのがん温熱療法が認められました。そこ功績は素晴らしいものがあります。
診断学では核医学検査薬「アシアロシンチ注」の開発研究であります。

関西医科大学付属肝臓研究所の基礎的共同研究において肝臓に存在するアシアロ糖蛋白が肝機能 特に肝予備能力を示すことを解明しました。この臨床応用の目的のため、アシアロ糖蛋白を放射性物質99m-Tcで標識し、その有用性の研究に邁進されました。  この診断薬の開発、研究に田中先生は基礎的研究から臨床の取りまとめまで 指導的役割を果たされました。 平成4年に日本メジフイジックス(株)から「アシアロシンチ注」という製品名で 放射性医薬品を日本国内で初めて開発発売されました。このアシアロシンチ注は現在でも広く肝臓の機能と形態の指標として、特に近年では生体肝移植におけるグラフト肝の機能評価に欠くべからざる検査法となっています。 これらの研究業績は日本医学放射線学会、日本放射線影響学会、日本核医学学会、癌治療学会、日本癌学会や国際癌学会、アジア・太平洋放射線学会などで発表され高く評価されました。

田中先生は癌治療、放射線関係の学会でも活躍されました。第39回日本放射線影響学会大会長、日本医学放射線学会生物部会長を務めるとともに、多くの学会の理事、評議員を歴任されました。

特に昭和63年から平成4年までの生物部会長の職務は熱心に取り組んでおられました。基礎の「放射線生物学」と臨床の「放射線腫瘍学」との対話をテーマに 放射線生物学者はその知識を臨床に役立てることを、臨床医は放射線生物の基礎知識の重要性、必要性を認識するように「放射線もよる制がんシンポジウム」の立案に努力し、放射線腫瘍学の若い研究者の育成に情熱を傾けておられました。

又 関西医科大学内でも 理事、評議員を長く勤められ、学生部長、をはじめ 卒前、卒後教育、大学院教育の充実、発展に尽力・寄与されました。

田中先生は昭和54年関西医科大学放射線科学講座主任教授に就任以来、18年間に亘り50数名の教室員の指導をされておられます。特に医学研究には研究員、大学院生を中心に 学位論文の指導には自ら研究指導されておられました。その結果30数名の者が医学博士の学位を授与されました。 又 若い研究員の海外留学にも多くの努力をされました。

田中先生の医局員への指導は常に「医学に対するリサーチ・マインド」を持つことであります。現在は多くの教室員は大学を離れ、研究からも離れておりますが、田中先生が常に言われていた「医学に対するリサーチ・マインド」の心・精神は医局員に引き継がれております。

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